FBS代替に卵由来成分は使えるのか。現場研究員が見るところ。
培養液

FBS代替に卵由来成分は使えるのか。現場研究員が見るところ。

細胞培養時に当たり前のように使われているFBS。現在もFBSを使わずに細胞を培養する試みは続いています。では、食品として身近な「卵」は、その代わりになるのでしょうか。

細胞を育てるための培養液

培養肉は、動物の細胞を体の外で増やして作る食品です。

このとき必要になるのが培養液です。培養液とは、細胞を育てるための栄養液で、アミノ酸、糖、ミネラル、脂質、ビタミン、そして細胞の増殖を助ける成分が含まれています。この培養液の設計は、培養肉生産において極めて重要なものになります。

研究室で使うくらいの量であれば、多少高価な培養液でも実験はできます。しかし、培養肉として大量に細胞を増やす場合、培養液のコストは無視できません。細胞が増えるたびに培養液を使い、必要に応じて交換していくからです。

例えば、1000Lスケールで培養が成功、というニュースを見かけますが、この時はスケールの約3〜5倍もの培養液、つまり3000〜5000Lの培養液が使用されています。

培養液はランニングコストとして、常に培養肉の製造原価に加算されます。そのため、細胞を効率よく増やす技術だけでなく、安く、食品製造に使いやすい培養液を作ることが、培養肉の実現に必要なことです。

FBSを代替したい理由

培養液の話をした時、必ず話題になるのがFBSについてです。

FBSとは、Fetal Bovine Serumの略で、日本語では牛胎児血清と呼ばれます。牛の胎児の血液から得られる血清成分で、細胞の増殖を助ける成分が多く含まれています。細胞培養では昔から現在まで使われている材料のひとつです。そのため、培養肉の研究開発時にもFBSが使用されているのを度々見かけます。

しかし、培養肉を社会実装するという視点で見ると、FBSにはいくつもの問題があります。

まず、価格です。FBSは高価で、1Lで6万円以上、高いものでは20万円を超えます。これを培養液全体の約10%の濃度になるよう加えて使います。研究用の細胞培養なら許容できても、食品を大量に作るための材料として考えると、コスト面で大きな負担になります。

次に、倫理面でも問題があります。培養肉は、従来の畜産に依存しない食品として語られることが多いです。その製造工程で牛胎児血清を使う場合、目的と手段の矛盾を指摘されることが考えられます。

そして、食品安全の面でも懸念が残ります。FBSはあくまで研究用材料であり、食品ではありません。人に影響を及ぼすウイルス等が混入している可能性を完全に否定することは難しいです。ただし、処理方法によっては培養肉の生産にも用いることができるとの意見も聞きます。

こうした背景から、培養肉分野ではFBSを減らす、もしくは完全に代替する研究が進められています。

鶏卵によるFBSの代替

FBSを代替するアプローチは大きく2つあります。ひとつは、FBSの構成成分の中でも特に重要な成分を個別に組み合わせて、FBSの効果を再現する方法。もうひとつは、FBSのように全ての含有成分は分からないけど、細胞培養に効果のある素材を探す方法です。

もちろん両方のアプローチを組み合わせることもありますが、今回参考にする論文は後者に近い方法の論文になります。

それがこちら、「Refined production of egg-derived media additives enhances proliferation and differentiation of skeletal muscle satellite cell culture」です。この論文は、卵由来の培地添加物を作り、筋衛星細胞(筋肉になることができる細胞)を培養する際にFBSを代替できるかどうかを調べた論文です。

結果として、卵由来の抽出物を用いることで、FBSの濃度を1/4程度まで下げることができています。さらに、卵由来抽出物と鶏血清を組み合わせた培養液は、FBSを完全に除去することができ、増殖効率もFBSと同等になったと報告しています。この方法は、鶏の筋衛星細胞でも、牛の筋衛星細胞でも同様の効果が認められています。

これでFBSが無くても培養肉を作れるようになりました。めでたしめでたし。とならないところを解説していきます。

卵でのFBS代替は有り得るのか

今回示された卵由来抽出物及び鶏血清は、FBSの代替、ひいては培養肉生産に寄与できるのでしょうか。

私の意見になりますが、正直、今回の結果は培養生産に向けた足掛かりに過ぎず、そのまま生産条件として採用できる内容ではないと思いました。

厳しい目で見たからには、きちんと理由を説明していきます。

まず大前提として、FBSを代替する目的は、「コスト削減」「動物倫理への配慮」「食品安全」、さらに培養肉を生産する背景まで考えると、「従来の畜産に頼らない生産」「持続可能なタンパク質の供給」になります。今回の結果、たしかにFBSを使用する場合に比べて幾分かコストは下がっています。しかし、それ以外の目的まで含めて考えると、この方法をそのまま培養肉生産の本命にするのは難しいと思います。

特に今回の結果は、20%FBSと同等の結果を得るために、培養液全体の10%を鶏血清、30%を卵由来抽出物にしています。ここまで卵由来成分や鶏血清の割合が高くなると、細胞を育てて肉にする意味が相対的に薄れてしまいます。極端に言えば、培養液そのものがタンパク源に近づいてしまうからです。

また、ひそかに食品安全上の論点も増えます。培養牛肉を作る時に卵由来抽出物を使う場合、最終製品への残留や表示の扱いによっては、卵アレルギーのリスク説明が必要になります。培養「牛肉」と書いてあれば、卵由来成分が製造工程に使われているとは直感的に想像しにくい人もいるはずです。このように、使用する材料を無闇に増やすのは食品安全上リスクになることがあるのです。

さらに、製造安定性にも影響が出る可能性があります。動物由来の成分を使うと、どうしてもそのロット間差に悩まされます。同じ卵でも、品種、産地、餌の成分など、ちょっとした差が卵成分の差に繋がり、細胞の増殖を左右する要因の一つになり得ます。今回の論文も日本の卵で実施したら再現できない、なんてことも十分に考えられます。

FBSでもロット間の差は出てしまうので、ロットを切り替える場合は必ずロットチェックを行っています。さらに、ロットを切り替えることが少なくなるよう、複数個体のFBSを混ぜて一度に大量に製造することでロットサイズを大きくしています。一方で、複数個体由来の原料をまとめる以上、感染性病原体の管理や検査はより重要になります。将来的に卵をFBSの代替とするなら、同じように大量製造する準備を整える必要がありますが、感染性病原体の管理は避けられません。

このように、培養肉本来の目的を見つめ直した時に、最終的なゴールにたどり着くまでには段階があります。まずはFBSの低減・代替、次に血清全般を使わない無血清化、最後に目的に応じて動物由来成分の不使用まで改良していくことです。

これは大変な道のりです。2026年時点でも、このような食品由来素材を使った代替研究が続いていることから、FBS代替がまだ決着したテーマではないことが分かります。障壁となっているのが、細胞の種類によって必要な成分が異なること、低コスト化も同時に達成しなければならないこと、血清の代替と培養液全体のアレンジが求められること、です。FBSほど汎用性高く使えるものはまだ見つかってないので、それぞれの細胞に対して培養液をオーダーメイドしていく必要があり、コストを削減しづらい状況になっています。

こういった複雑さがあるため、単一成分の組み合わせによる無血清化の方が研究的には好まれます。2022年の論文になりますが、牛筋芽細胞に対して完全に成分が明らかな無血清培地「Beefy-9」が公開されています。しかし現状では単一成分が高価なため、まだ微々たるコスト削減に留まっています。ただし、成長因子の低コスト化も進められているため、これからどんどん安くなっていく可能性があります。

培地開発では「何で置き換えるか」まで問われる

培養液の組成、FBSの代替を考える際には、FBSを使わなくするだけでなく、「何で置き換えるのか」「培養肉で目指すゴールと使う素材に矛盾がないか」「実験室だけでなく製造現場でも扱えるのか」を念頭に置く必要があります。

今回の論文では可能性は示しているものの、培養肉の意義とは矛盾が生じてしまう素材での代替になっていました。ただ、一足飛びに完全な培地は出来上がりません。徐々に改良を続けながら、より良い培地に切り替わっていくのだと思います。培養液は培養肉の社会実装に必要不可欠なピースです。世界中で開発が進んでますので、これからも中心トピックとして取り上げてきます。

引用文献

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