培養肉をつくる会社が見えない─細胞農業会議で感じた違和感
先日、第8回細胞農業会議に参加してきました。
国内の培養肉・細胞農業に加え、今回は代替タンパクも含めた研究者や企業が集まる場となっており、非常に意義のあるイベントだったと思います。
国内で開発される技術やアイテムも、以前より増えてきました。培養液、足場材、培養装置、細胞株、添加物など、培養肉をつくるための要素技術が少しずつ揃ってきています。
会場が大盛況だったことからも、培養肉というテーマが持つロマンや注目度は、まだ失われていないと感じました。
一方で、業界にそこそこ長くいる私の目線で見ると、いくつか懸念も残りました。
- 参加者や企業の顔ぶれが、ここ数年あまり変わっていない
- 培養肉そのものの生産・販売を主事業に据えた企業が、ほとんど見当たらない
なかでも特に気になったのが、「最終的に誰が培養肉を生産するのか」という点です。
培養肉を生産する「顧客」は本当にいるのか
国内企業の多くは、将来的に培養肉を生産する事業者を、自社の顧客として想定しているように見えます。
自社で細胞株、培養液、装置、培養技術などを開発し、それらを別の事業者に提供して、最終的な培養肉の生産はその事業者に担ってもらう構図です。
インテグリカルチャーさんは、分かりやすい例です。
同社は、培養液や培養装置を含めた細胞農業のインフラ企業を目指しています。現在は自社で最初の製品上市を目指していますが、これは単に食品を販売するためだけではなく、自社の技術や製品を細胞農業の標準にしていくための戦略でもあるのでしょう。
ただし、その戦略が成立するためには、将来的にインテグリカルチャーの技術や資材を購入し、実際に培養肉を生産する「誰か」が必要です。
問題は、そのインフラの利用者がまだ見えていないことです。
「技術はつくる。生産はそちらで」は成立するのか
ほかの企業も、基本的には似た構図に見えます。
自分たちは要素技術を開発する。しかし、大規模な生産や最終製品の販売は、別の企業に任せる。
こうした役割分担自体が間違っているわけではありません。すべてを一社で抱える必要もありませんし、企業ごとに得意分野や投資できる範囲も異なります。
培養肉が広く注目されるようになれば、食品企業だけでなく、異業種の大企業が生産に参入する可能性もあります。
実際、陸上養殖や植物工場では、従来の食料生産とは無縁だった企業が参入しています。培養肉でも同じことが起こる可能性は十分にあるでしょう。
ただし、「技術さえ用意すれば、いずれ誰かが買ってくれる」と考えるのは、少し楽観的すぎるようにも思います。
理由は、大きく二つあります。
①技術移管そのものが難しい
一つ目は、培養肉の製造技術を他社へ移管すること自体が簡単ではない点です。
培養肉の製造では、無菌環境を維持しながら細胞を安定して増殖させる必要があります。細胞株、培地、培養装置、撹拌条件、酸素供給、継代操作、回収工程などが複雑に関係しており、装置や培養条件だけを渡せば、すぐに同じ生産を再現できるわけではありません。
凍結した細胞株を投入すれば、全自動で培養から回収まで完了するのであれば、幅広い事業者が顧客になり得ます。しかし、現状はそこまで単純ではありません。
製造設備を導入し、オペレーターを教育し、試運転を重ね、ようやく一定の生産ができるようになる。それでも、施設や装置、担当者が変われば、想定外のトラブルが起こるのがバイオプロセスです。
開発元で成立した培養条件を、そのまま別の場所で再現できるとは限りません。
つまり、製造ラインを売るのであれば、単に設備やレシピを渡すだけでは不十分です。技術移管、教育、立ち上げ支援、品質保証、トラブル対応まで含めた事業設計が必要になります。
②そもそも、誰が買うのか
二つ目は、仮に技術移管の問題を解決できたとしても、その製造ラインを買う顧客が本当にいるのかという点です。
培養肉事業は、消費者や食品企業から「培養肉をつくってほしい」という明確な需要が先にあるというより、「細胞から肉をつくれる」という技術的な魅力から事業が始まっている場合が多いでしょう。
しかし、製造ラインの導入には大きな設備投資が必要です。
技術的な不確実性も高く、規制や市場形成も途上にあります。培養肉の生産コストも、依然として従来の食肉より高い状態です。
少なくとも今後数年間、場合によっては10年単位で黒字化が見えない事業になる可能性もあります。
その投資によって得られるものが、「動物を殺さない」「環境負荷を下げられる可能性がある」という価値だけだった場合、鶏肉や牛肉を扱う既存企業が数十億円規模の投資を決断できるでしょうか。
もちろん、環境価値や動物福祉は重要です。
ただし、それだけで大規模な製造設備への投資を正当化できるとは限りません。味、価格、供給安定性、ブランド価値、既存商品との差別化など、事業者側に明確な利益が必要です。
この条件で、培養肉の製造ラインを導入する企業がどれほど存在するのか。その企業は、どのような理由で製造ラインを購入するのか。
この問いに対する答えがないまま、資材や装置、製造技術だけを供給する事業モデルを描いても、顧客不在の市場になってしまうのではないかという心配は消えません。
海外では、自社生産と製造受託が進んでいる
海外の培養肉企業の多くは、まず自社で培養条件を構築し、必要な要素技術を取り入れ、スケールアップや低コスト化を進め、最終的には自社で製品を生産・販売しようとしています。
将来的に技術移管やライセンス提供を想定している企業であっても、最初から「技術はつくったので、あとは別の企業に製造ラインを買ってもらう」という段階にはありません。
まずは自社で製造技術を成立させ、製品を市場へ届ける。その実績をつくったうえで、製造受託や技術移管、ライセンス提供へ展開しようとしています。
加えて海外には、培養肉企業の生産を引き受ける製造受託企業や、大規模培養設備を備えた製造拠点も存在します。つまり現状では、培養肉を開発した企業が自ら製造・販売するか、専門の製造拠点へ生産を委託するかのどちらかです。
培養肉の技術を持たない第三者が、完成した製造ラインを購入し、すぐに培養肉事業へ参入するという例は、まだありません。
数千リットル、数万リットルまでスケールアップし、生産コストを従来の食肉と比較できる水準に近づけている海外企業ですら、まだ技術移管を主軸とする段階には至っていないのです。
一方日本国内では、1000Lを超える大規模培養や商業生産の実績はまだありません。
その段階で、「製造と販売は他社に任せる」と言えるほど技術が成熟しているのか。
ここには、かなり大きな疑問が残ります。
海外もまだ産業として確立したとは言えません。
それでも、少なくとも「誰が生産するのか」は比較的はっきりしています。自社で生産する企業がいて、必要に応じて製造を受託する企業もいる。
そして、自社で培養肉を生産した実績を積み重ねることで、将来的な技術移管に近づこうとしています。
日本に必要なのは「売れる製造ライン」
今回の細胞農業会議を見て、国内でも培養液、細胞株、足場材、装置などの開発が着実に進んでいることは実感できました。
これは明確な前進です。
ただし、要素技術単体で海外との差を見れば、まだもう二歩ほどの進歩が必要なものも多いように感じます。
さらに重要なのは、それらを組み合わせて、魅力的な製品を現実的な価格でつくり、規制対応を行い、工場を運営し、品質を保証し、食品として販売すること。
そこまで含めて初めて、培養肉の製造技術は「事業」と呼べるものになります。
誰が資材を供給するのか。誰が技術を開発するのか。
もちろん、これらも重要です。
しかし、他社に製造ラインを売る事業設計であるならば、それ以上に問われるべきなのは、誰が、どのような理由で、その製造ラインを買うのかという点です。
国内の培養肉業界に足りないのは、単なる要素技術ではありません。
必要なのは、要素技術を組み合わせ、培養肉を安定して生産し、最終製品として販売し、事業として利益を出せる製造システムです。
そして、そのシステムを自ら運用し、培養肉事業を成立させようとする企業です。開発した技術を並べるだけでは、産業にはなりません。
製造実績をつくり、顧客にとって魅力のある商品や事業を示し、そのうえで初めて製造ラインや資材にも買い手が現れます。
そうでなければ、
- 「技術はできた。しかし、誰も製造ラインを買わなかった」
- 「資材は揃った。しかし、使う事業者がいなかった」
という、笑えない未来になりかねません。
培養肉事業単独で営業利益を出す。
少なくとも、そこから逆算して製造技術や事業モデルを設計するプレイヤーが、日本にも必要なのではないでしょうか。
そうすることで、最終的に培養肉をつくる、売る会社が見えてくる。そう考えています。
そんな課題を改めて感じた、今回の細胞農業会議でした。
引用文献
- 第8回細胞農業会議 | 未来の食を現代のビジネスへ
https://junonk-yaho.github.io/caic-20260710event/