子牛 vs 成牛、培養肉に向く筋衛星細胞はどちらか
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子牛 vs 成牛、培養肉に向く筋衛星細胞はどちらか

直感では、成牛よりも若い子牛の細胞の方がよく増えそうなイメージがあります。論文の結果を元に、その違いを定量的に把握しておきましょう。

筋衛星細胞と個体の年齢

培養肉を作る場合、筋肉を作る元となる「筋衛星細胞(筋肉の幹細胞)」が使われることが多いです。この細胞を増殖させて分化させることで、本物の筋肉の構成単位である筋繊維を作ることができます。 しかし、同じ牛種由来であっても、年齢によって細胞の性質が異なる可能性があります。特に、「若い個体の細胞の方が増えやすい、分化しやすい」という定説が細胞学全般で知られています。ただ牛の場合、年齢差によってどれ程の影響が出るのかは明確ではありませんでした。

今回の論文では、韓国在来牛であるHanwooの子牛と成牛から得た筋衛星細胞で比較実験をしています。子牛は生後2週齡、成牛は30ヶ月齢です。これらの牛の筋肉組織から、同じ採取方法、同じ培養方法で細胞特性を比較することにより、「本当に若い牛の細胞の方が優秀なのか?」という問いを明らかにしています。

やはり優秀な子牛の細胞

結論、直感は正しく、子牛の細胞の方が増殖・分化ともに優れていました。 増殖能の結果としては、7日間の培養で子牛由来は約7.45倍、成牛由来は約5.8倍と、有意な差が出ました。 私の視点で見ると、分化能の方が特に顕著でした。子牛由来の細胞は分化培養後48時間で筋分化を始めたのに対し、成牛由来の細胞では72時間後に始まる、かつその分化度合いも子牛由来には及ばないものでした。

この結果を踏まえた所感

この論文を読む限り、「子牛由来の筋衛星細胞を使うべき」という結論に至りますが、実際の現場ではどうするか迷うところです。その理由を解説します。

①子牛の筋組織を手に入れるのが難しい ②後々、細胞株を作る

まず①です。今回の論文で用いられたような2週齡の子牛の筋組織は、簡単に手に入るものではありません。 成牛の筋組織は、屠畜場で解体された後で手に入りますが、子牛の場合、そうはいきません。そのため子牛の細胞が欲しければ、まず体制作りから始めなければならない訳です。 そうしてまで子牛の細胞を手に入れる価値があるかというのも微妙なところです。あくまで今回の論文の結果を見る限りですが、成牛の細胞も使えないほど劣っている訳では無いように見えます。

さらにここで関係してくるのが②です。入手した細胞は今回の論文のようにそのまますぐに使うわけではありません。 品種改良していないお米がほとんど栽培されていないように、細胞も生産用に改良を重ねます。改良によって子牛と成牛の差が無くなることも考えられるのです。

そうすると、わざわざ時間とお金をかけて子牛の細胞を手に入れる準備を整えるかと言うと、それよりも成牛の細胞で早く改良を進めた方が良いのでは?という判断になるわけです。 もし私がどちらから進めるかを問われた場合は、まず成牛から進めると思います。いきなり子牛の細胞を扱おうとするのは、事業上リスクが高いと判断します。

まとめ

今回は論文を元に、培養肉に用いる筋衛星細胞の特徴を一つ紹介しました。結論、若い個体の細胞の方が増殖・分化能に優れている結果でしたが、それだけでは事業開発としては進みません。そこにかかるコストや事業開発のロードマップまで踏まえた上で、何を優先するか決めていく必要があります。

このように、単一の技術論文の紹介で終わらず、現場を知る研究員だからこそできる、培養肉開発全体を見据えた解説を心がけて行っていきます。

余談︰筋衛星細胞である必要性

そもそも筋衛星細胞を使う必要があるのか、という話ですが、培養「肉」を作りたい場合は良い選択肢だと思います。その理由は「筋肉になる運命がほぼ決定している」ためです。

例えば、海外の企業では筋衛星細胞ではなく、繊維芽細胞(fibroblasts)を使っている企業が多いです。この細胞の特徴は、とにかく良く増えること。培養環境が整っていればすごい速さで増えていきます。

ただしこの細胞の欠点は、筋繊維へ分化することができないことです。特殊な技術を使えば別ですが、繊維芽細胞→筋繊維という分化ルートを通常は辿りません。そのため本物の筋肉にはなり得ないのです。海外企業もそれは承知で、まずは「細胞培養に食料供給」を目指して増えやすい繊維芽細胞を使っている節があります。

もうひとつ、筋肉を作る目的では、「間葉系幹細胞」や「ES細胞」を使う手段もあります。これらは筋肉にもなるし、脂肪にもなる、骨にもなる、と言った進化前のイーブイのような細胞です。問題は完璧な分化制御が難しいので、全部筋繊維にするつもりが一部神経になってしまった、ということが起こり得ます。製造の観点からみると、同じものを作っているはずが実は違う細胞になっていた、というのは大きな問題になります。この懸念を払しょくするため、別の技術力が必要になります。

上記のような背景から、ある程度増えやすく分化しやすい筋衛星細胞は、より本物に近い培養肉を作ろうとしている日本の関係者からは好まれています。

引用文献

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