『培養肉』の名称問題。私が培養肉にこだわる理由
コラム

『培養肉』の名称問題。私が培養肉にこだわる理由

現在、培養肉業界では「培養肉」と呼ぶことが推奨されていないことをご存じでしょうか。

2026年3月、フードテック官民協議会の細胞農業ワーキングチームから公表がありました。

「細胞性食品に係るコミュニケーションポリシー(推奨・非推奨表現集)」
要約になりますが、このお知らせの中で

対外資料の主要表記として『培養肉』という言葉を用いることは推奨せず、代わりに『細胞性食品』という表現を用いることが推奨する。

ということが書かれています。

最初にお答えしておきますが、私は『培養肉』という言葉にこだわっています。これは逆張りでも、目立つ手段でもなく、私の考えと想いからです。

この記事では、いま『細胞性食品』が推奨されている理由と、私が『培養肉』にこだわる理由について説明していきます。

私と同じように『培養肉』という名称に愛着を持っている方は、どうぞお付き合いください。

『細胞性食品』が推奨されている理由

コミュニケーションポリシーのお知らせの中から抜粋すると、『細胞性食品』を推奨する理由と『培養肉』を推奨しない理由は以下の通りです。

「細胞性食品」 製品の性質を伝えるうえで科学的かつ中立的な表現です。「培養」「細胞培養」といった表現と比較して、消費者にとって従来品との混同が生じにくい表現です。また、相手先によって呼称を頻繁に変えると、コミュニケーションの一貫性が下がる可能性があります。可能であれば別用語を採用するステークホルダーに対しての情報提供の際にも、「~などの表現もありますが、当社では細胞性食品と呼称します」などの注記を併記し、以降の用語を統一することを推奨します。

「培養肉」 消費者にとってなじみのない「培養」などの技術用語を用いることで、細胞性食品分野の生産や市場の在り方について「容易に肉をまるまる生産可能な技術」「細胞性食品分野は食肉などの分野と競合する」などの誤解や不安を生じさせ、既存業界との軋轢を助長しやすいことから使用を避けます。可能な限り「細胞性食品」を用います。検索性などの事情があっても、原則として対外資料の主要表記には用いないことを業界全体に呼びかけていきます。やむを得ず併記する場合は「○○とも呼ばれますが、本資料では細胞性食品と呼称します」などを付して発信します。

要するに、

・細胞性食品=既存の食品と混同しにくい。
・培養肉=消費者になじみがない技術用語で、消費者や既存業界に誤解や不安を生じさせる

という理由がメインに書かれています。

その他の理由や懸念点に関しては、一般社団法人細胞農業研究機構がまとめた記事を書いていますので、興味ある方は見てみてください。

培養細胞を原料とする食品の名称方針に関する議論の報告

ワーキングチームが『培養肉』という言葉よりも、培養という言葉を使わない『細胞性食品』という名称を推奨する意図は理解しています。

それでも、私が愛する『培養肉』という言葉を非推奨にするには、少し理由が弱いのではないか?と思うわけです。

たしかに、名称を変えることで得られる効果もあると思います。

しかし、それ以上に大事なコトが抜けているのでは、と思っているため、私が『培養肉』という言葉にこだわり続ける理由を説明していきます。

私が『培養肉』にこだわる理由

①「培養」は本質を示す言葉

「培養」という言葉が、消費者の理解や受容を妨げている要因とされています。それ自体は正しいことかもしれません。その一方で、「培養」という言葉が適切であることもひとつの事実です。

培養肉が他の食品と違うところ、それは「細胞培養」という工程を経て生産されることです。一般消費者にはあまり馴染みのない言葉ですが、業界・専門用語として確立されています。この言葉を用いずに、培養肉の本質を伝えられるのでしょうか。

「細胞」という言葉を残して『細胞性食品』という名称が作られましたが、そもそも全ての動植物は細胞で構成されています。「細胞性」に意味を込めているかもしれませんが、本質が伝わりにくくなっている気がします。

また「培養」という言葉を取り除いた背景には、消費者に馴染みがない、マーケティング的に受けが悪いという側面もあります。しかし、似たような事例の「養殖」はいかがでしょう。

最近話題になった「完全養殖ウナギ」、過去に話題になった「完全養殖マグロ」など、今現在で消費者が言葉を理解していない状況でしょうか。

「養殖」も魚を人工的に育てる生産工程を指すための専門用語であり、ひと昔前までは消費者から避けられる理由のひとつでした。ですが、今では当たり前のように使われ、消費者から選ばれる理由のひとつにもなっています。

本当にその工程を経て生産することに意義があるのであれば、隠すのではなくむしろ大々的にアピールするべきだと思っています。「完全培養肉」が好意的に捉えられる時代が来ると、私は信じています。

今行うべきは、安易に名称を変えることではなく、培養の意味、培養肉の意義を丁寧に説明していくことではないかと思っています。

②『培養肉』という言葉の認知度

『培養肉』という言葉自体は、以前からメディアや研究紹介の中で使われてきました。複数の意識調査でも、「培養肉」という言葉を聞いたことがある人は一定数存在しており、完全にゼロから覚えてもらう言葉ではありません。

言葉が浸透しているのであれば、後は「意味」と「実物」を届けることで一気に広がるポテンシャルを秘めています。しかし『細胞性食品』になると、これから言葉自体の認知度を高めていく必要もあります。

実際、何も知らない人に「細胞性食品の研究開発を行っています」と言っても響きませんが、「培養肉の研究してます」というと何となく伝わります。

「培養肉ってあれだよね、~」と認識が間違っていても会話が進むことで、相手は知識の取り込みではなく、訂正で済むわけです。この差は大きいと感じます。

新しい言葉の浸透に時間を掛けるよりも、既に広まっている培養肉という言葉を上手に扱っていく方が、世の中に広まるのは早いのではないでしょうか。

私もこの業界に入る瞬間は、培養肉ってなんか聞いたことあるな。今どうなってるんだろう?という入りでした。細胞性食品だったら聞いてもピンと来ないままスルーしていたかもしれません。

言葉を既に知っているかどうか、実は大きな問題ではないでしょうか。

③『細胞性食品』も暫定の名称

『細胞性食品』という言葉を使っていこうという動きも、あくまで業界内で推奨されている段階です。国からの指示でも、正式名称としても採用されたわけでもありません。

実際に消費者庁の新開発食品調査部会の中でも、議題は「細胞培養により製造される食品(細胞培養食品(仮称))について」というように、『細胞培養食品』という名称で議論されています。

私個人としては、総称として使うのであれば『細胞性食品』よりも『細胞培養食品』の方が分かりやすいと感じています。

一般の方に説明する時は『培養肉』。より広い総称、正式名称としては『細胞培養食品』。この使い分けの方が、技術の内容を素直に伝えられるのではないかと思っています。

話が逸れましたが、このように『細胞性食品』は現時点では業界内の推奨表現であって、行政文書や社会一般の用語として完全に定着したものではありません。

そのため、このまま本当に『細胞性食品』という言葉が一般的になっていくのか、私は懐疑的に見ています。また変わってしまう可能性があるなら、培養肉のままが良いと思っています。

④『培養肉』という言葉のパワー

これは完全に私情になりますが、私は『培養肉』という言葉に惹かれて研究を行っています。

『培養肉』という言葉は、一般の方にとってはネオフォビア(新奇性恐怖)を呼び起こすこともある一方で、ネオフィリア(新しいもの好き)の人々を強烈に惹きつける言葉でもあると思っています。

認知度とは別の、カリスマ的な響きを『培養肉』という言葉から感じています。そして『培養肉』という言葉から想起される未来感や世界観も、他の言葉では代替できないものだと思います。

こうして『培養肉』に惹かれる人々がいるからこそ、スタートアップが立ち上がり、投資が過熱するのではないでしょうか。そしてネオフォビアが徐々に薄れ、当たり前になっていく世の中の流れをこれから感じられる、自分の手で作り出していくことが楽しみでなりません。

その時は堂々と、「これが培養肉です!」と言いたいのです。

結論:培養肉って呼びたい

培養肉と言う言葉が、現在の日本においてマーケティング的に不向きである可能性は認めています。

加えて、あちらこちらで培養肉と呼んだり細胞性食品と呼んだりすると、より一層の混乱を引き起こす可能性も重々承知です。

それでも私は『培養肉』と呼びたい。

そして、「培養」という言葉の理解を促す、「培養肉」を世の中に届ける仕事がしたい。

『細胞性食品』という立派な名前を考えて頂いた方々には申し訳ありませんが、これが私の本心です。

この記事はすべて私一個人の意見です。様々な意見があることは承知ですので、ぜひ皆さまの意見も頂けますと幸いです。

引用文献

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