可食性マイクロキャリアは培養肉生産の一助になるのか。大豆タンパク質由来マイクロキャリアの論文を参考にして解説。
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可食性マイクロキャリアは培養肉生産の一助になるのか。大豆タンパク質由来マイクロキャリアの論文を参考にして解説。

培養肉生産のための細胞培養方法を考える時、必ずと言っていいほど次のアイデアが浮かびます。それは「食べられる足場を使って培養すること」。今回はこのアイデアに対して、実際に食べられる足場材を作った論文を参考に私の意見を述べていきます。

細胞を増やすには「足場」が必要

まず前提から説明すると、細胞はおおまかに2種類に分類できます。何かを足場にして(何かにくっついて)増える接着性の細胞と、足場がなくても浮いた状態で増えることができる非接着性の浮遊細胞です。動物の細胞の多くは接着性の細胞で、筋肉のもとになる細胞(筋衛星細胞・筋芽細胞・間葉系幹細胞など)も、基本的には接着性細胞に分類されます。

接着性の細胞は何かにくっつく必要があるので、通常は平面培養という(二次元培養とも呼ばれます)、培養容器の底面で増やす方法を取ります。研究室で少量の細胞を育てるだけなら、この方法で十分です。しかし、培養肉のように食品として大量に作ろうとすると、培養皿を大量に並べる方法では限界があります。面積が足りないだけでなく、作業量、設備スペース、培地交換、品質管理の負担が一気に増えます。

そのため、培養肉生産では「どうやって接着性細胞を大量に増やすか」という問題にぶつかります。

大量培養への展開

平面では限界があるので、大量に細胞を培養する場合は、バイオリアクターと呼ばれる培養装置を用います。ビールの発酵タンクを思い浮かべてもらえればイメージは近いと思います。

このバイオリアクターの中に細胞と培養液を加えて、培養環境を整えてあげることで細胞を増やしていきます。培養環境とは、培養液中の温度、pH、酸素、栄養、老廃物などの制御が主となります。

もし細胞が浮遊細胞であれば、問題なく増えてくれます。しかし、接着して増えるタイプの細胞は、タンクの中に細胞がくっつける足場がないため、増えることができません。そこで用いられるのが、細胞がくっつくことができる小さな粒子、マイクロキャリアです。

マイクロキャリアは、細胞を表面に付着させて増やすための小さな足場材です。直径が数十から数百μmの球形ビーズが普及しています。細胞と一緒に多数のマイクロキャリアを培養液の中に入れることで、細胞はマイクロキャリアに接着し、その表面で増えることができます。

またマイクロキャリアを使う場合は、底面に沈みっぱなしにならないよう、上手く撹拌させる事も重要です。撹拌が弱すぎると沈みますし、強すぎると細胞が剥がれたり、ダメージを受けたりします。

このように、限られたタンクの中に大きな接着面積を作れることが、マイクロキャリアの利点です。接着性細胞でも、マイクロキャリアを使えば、見かけ上は浮遊培養に近い形で増やすことができます。

大豆タンパク質で作った可食性マイクロキャリア

通常、マイクロキャリアは食べられる素材でできていません。増やした細胞を培養肉にする場合には、培養後にマイクロキャリアから細胞を分離させる必要があります。

この工程が非常に面倒です。洗う、剥離液を加える、細胞を剥がす、剥離停止液を加える、分離する、回収する。細胞へのダメージや回収ロスも起こり得ます。研究室レベルでは簡単に実施できても、食品として大量生産する場合には、作業面でもコスト面でも大きな負担になります。

これらの問題を解決するための手段のひとつが、食べられる足場材です。例えば今回参考にする論文「Animal-free edible scaffolds from soy protein isolate for the scalable production of cultured meat」では、大豆タンパク質を主成分に可食性マイクロキャリアを作っています。動物由来成分を一切含まないこともメリットとして強調されています。

論文内では、既存のマイクロキャリアと比較して、牛の筋芽細胞がこの足場の上でも同程度に増えることを示しました。この方法なら接着性の筋芽細胞も浮遊培養することができ、細胞と足場材を分離する工程も省けるので、培養肉生産に寄与できるという考えです。

この論文は興味深い研究内容です。培養肉生産を考えたことがある人なら一度は思いつく、「食べられる足場で培養すればよいのでは」という発想に対して、実際に材料を作り、細胞を乗せ、バイオリアクターで検証した研究成果だからです。ただし、現場目線で見ると、いくつか懸念点も見えてくるので解説していきます。

解決策に見える可食性マイクロキャリアの欠点

可食性マイクロキャリアの有用性を説明する時、多くの場合は次のような利点が挙げられます。

分離工程が不要になるため、コストが下がる。細胞だけでなく、可食性マイクロキャリアも食品原料の一部になるため、最終的な生産量が増える。動物由来成分を避けられるため、培養肉の思想とも合いやすい。

この説明は、方向性としてはよく分かります。ただ、私が不安に思うのは、どうやって生産工程に落とし込むのか、という部分です。

足場材料の滅菌方法

まず第一に、マイクロキャリアは培養に使うためには、無菌状態であることが求められます。今回の論文では、70%エタノールで可食性マイクロキャリアを処理することで滅菌しています。研究室のスケールではこの方法でも良いでしょう。

しかし、実際に何百kg、何トンという単位の生産になった時に、同じ方法を取れるのでしょうか。

大量の可食性マイクロキャリアを70%エタノールで処理し、さらにそのエタノールを除去し、食品製造として説明できる形で管理する。これは簡単ではありません。相当量のエタノールが必要になりますし、残留、廃液処理、作業安全まで考える必要があります。

滅菌方法を変えるとしても、課題は残ります。想像できるのは加熱殺菌ですが、加熱するとタンパク質の構造が変わり、細胞が接着しなくなるかもしれません。ガンマ線や電子線を使うなら、材料変性や設備コスト、そもそも食品に扱って良い技術かどうかを確認する必要があります。

可食性であることと、無菌的に大量供給できることは別の視点で見る必要があるのです。

スケールアップ上の課題

次に、どうやってスケールアップしていくのか考える必要があります。例えば、食べられないマイクロキャリアを使って100mLから1000mLにスケールアップさせるときには、マイクロキャリアから増えた細胞を一度剥離させ、新しいマイクロキャリアを入れた1000mLの培養液の中に播き直す設計が一般的です。

研究室レベルだと、平面培養から100mL培養に移して終わるのですが、生産する場合は、平面培養から100mL、1000mL、10000mLへと、段階的に、かつ浮遊培養の連続でスケールをあげていく必要があります。

その時に、可食性マイクロキャリア上で増えた細胞を、次のスケールへどう移すのか。細胞を剥がす必要があるなら、可食性マイクロキャリアの利点が薄れます。剥がさずにキャリアごと次のタンクへ移すなら、古いキャリアと新しいキャリアが混在することになります。

その状態で細胞が新しいキャリアへ十分に移ってくれるのか、毎回安定して同じ拡大率になるのか、今回の論文では実証されていない部分になります。

可食性マイクロキャリアの均一性

3つ目は、可食性マイクロキャリアがどれほどの均一に作れるのかが気になります。なぜここを気にするかというと、マイクロキャリアと細胞を浮遊させるためには、常に撹拌する必要があるからです。

これを食品原料に置き換え、さらに食品製造で使えるコストに抑えようとすると、マイクロキャリア自体の形を揃えることは簡単ではありません。大きさ、密度、表面の粗さ、吸水性、強度がばらつくと、撹拌中の挙動もばらつきます。大きな塊になったマイクロキャリアは沈み、小さなものは浮きすぎるかもしれません。粒子同士が凝集する可能性もあります。

特に沈んでしまうと、局所的に細胞密度が高くなり、酸素や栄養が行き渡りにくくなります。老廃物も溜まりやすくなりますから、最終的にその部分の細胞は死んでしまうかもしれません。

研究用マイクロキャリアでさえ苦労するスケールアップ設計を、不均一になりやすい可食性キャリアで行うのは、かなり難しいだろうなと感じます。

何を食べているのか分からなくなる

最後に、可食性マイクロキャリアを使った場合、「細胞を入れる意味ある?」と思ってしまうことがあります。

今回の論文もそうですが、目に見えて大きいキャリアと、そこにくっついている目に見えない細胞、培養した後の比率がどうなっているのか気になります。仮に100g回収できた時、そのうち90%が足場材の可能性もあるわけです。そうすると、ほとんどが大豆タンパク質で、細胞を加える意味があるのか分からなくなってしまう気がします。

比率に関するデータは今回提示されていないので、生産する目的物と合わせて考える必要があると思います。

まとめると、可食性マイクロキャリアは「食べられる素材で作った」という要件だけでは不十分となります。無菌化できること、スケールアップできる方法も一緒に検証・確立すること、そして最終産物との兼ね合い。ここまで含めて設計する必要があると思います。

現状、可食性マイクロキャリアは業界ではあまり使われていない手段

培養肉開発初期こそ、可食性マイクロキャリアを売りに出していた企業もあったような気もしますが、今ではあまり見かけません。可食性に限らず、そもそもマイクロキャリアを使って増やす企業が少ないように感じます。

今の培養方法の流れとしては、足場を使わない浮遊細胞での生産を目指す方向が強いように見えます。接着性細胞をそのまま扱うのではなく、浮遊状態でも増える細胞を選ぶ、あるいは浮遊培養に適した細胞株を作る方向です。

この理由は分かります。足場材を使わなければ、その分コストが浮きます。足場材の準備も、滅菌も、品質管理も、細胞と足場の分離も考えなくてよいからです。工程を増やせば増やすほど、原材料が増え、検査項目が増え、品質のばらつきも増えます。つまり製造が不安定になるリスクが高まってしまうのです。

培養肉はまだ規制承認を得る段階にある技術です。まず承認を得たい、食品として成立させたい、という段階では、工程をできるだけ単純にしたくなるのは自然な流れかと思います。

現在、販売承認を得ている培養肉企業では、マイクロキャリアは使われていません。もちろん、これだけで「業界全体がマイクロキャリアを使わない」と断定することはしません。企業ごとの非公開プロセスもあるので。ただ、公表されている資料や企業の発表を見る限り、可食性マイクロキャリアが現在の主流になっているとは言いにくい状況です。

可食性マイクロキャリアのまとめ

可食性マイクロキャリアの研究は確かに面白いです。原材料を探し出して、細胞の足場になるかどうかを確認し、その上で細胞が増えると分かったとき、「コレはいける!」と思いたくなります。特に、大豆タンパク質のように食品原料として広く使われている素材で、牛筋芽細胞の接着、増殖、分化まで確認できたことは、研究として意味があります。

しかし残念ながら、その感覚は研究室レベルだから生まれやすいものでもあります。研究室レベルでは、培養のスケールがそもそも小さく、準備する細胞も可食性マイクロキャリアも、僅かな量で済みます。滅菌も手作業でできます。沈降や凝集が起きても、観察しながら条件を調整でき、うまくいかない時は培養条件を変えながら何度も試すこともできます。

しかし、生産工程ではそうはいきません。大量のマイクロキャリアを毎回同じ品質で作り、無菌的に供給し、培養槽へ投入し、撹拌条件を制御し、細胞を安定して増やす必要があります。そして規制当局や消費者に説明しなければなりません。そうなると、なるべく構成要素は少ないに越したことはないのです。

記事を書きながら、こうすれば行けるかもしれない、というアイデアは浮かびますが、余計な製造施設も増える気もします。他にもやり方がある中で、わざわざこの方法を選ぶかどうかは若干疑問です。もし周りに可食性マイクロキャリアを推す人がいたら、一旦冷静に生産工程全体を考えてみて下さい。

引用文献

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