培養豚脂肪生産細胞株「FaTTy」から見る、培養肉用細胞株の作り方
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培養豚脂肪生産細胞株「FaTTy」から見る、培養肉用細胞株の作り方

2025年、ロスリン研究所から培養豚脂肪を作るための細胞株「FaTTy」が公開されました。この実例をもとに、培養肉用の細胞株の作り方を見てみましょう。

本格的な培養肉生産では、筋肉だけでなく脂肪も必要になる

培養肉の研究では、筋肉をどう作るかに注目が集まりがちですが、実際に肉らしい食品を作るためには、脂肪の生産も必要です。

脂肪は、肉の香り、食感、ジューシーさに関わります。筋肉だけの培養肉を作って食べても、「肉らしい」と感じられるとは限りません。特に豚肉では、脂の風味や口どけが美味しさに直結しています。

そのため、培養肉の生産では「筋肉を作る細胞」だけでなく、「脂肪を作る細胞」も準備しなければなりません。

ここが難しいところで、脂肪前駆細胞や間葉系幹細胞は脂肪細胞へ分化できますが、長く培養すると増殖力や脂肪分化能が落ちることがあります。この性質は、細胞株を作るときや培養脂肪を生産する時など、長期に培養する必要がある場合に厄介な問題となります。

たくさん増えるけれど脂肪にならない細胞では意味が無く、脂肪にはなるけど増えない細胞でも量産には向きません。

この両方の条件を満たす細胞株として作製されたのが、今回紹介する、豚由来の自然不死化細胞株「FaTTy」です。この細胞の性質や、どうやって作られたのかを解説していきます。

培養豚脂肪生産用細胞株、FaTTyが持つ性質

今回紹介する論文は、英エディンバラ大学のロスリン研究所から発表された原著論文、「A unique spontaneously immortalised cell line from pig with enhanced adipogenic capacity」です。

この論文によるとFaTTyとは、

①脂肪細胞へと分化可能な、遺伝子改変なしの自然不死化豚細胞株

②250日以上の培養、200回以上の分裂が可能

③高い脂肪分化効率を維持している細胞株

④2次元でも3次元でも脂肪分化可能

という細胞です。現場目線からこの細胞の作り方と、特筆すべき点を挙げていきます。

自然不死化細胞株であること

通常、細胞にも寿命があるため、徐々に老衰して増えなくなってしまいます。その解決方法のひとつが、偶発的に寿命を超えた細胞を作り出す「自然不死化」という方法で、FaTTyもこの方法で作製されました。

具体的な方法は次の通りです。21日齢よりも若い子豚の皮下脂肪から細胞を採取し、とにかく培養容器の中で培養を続けます。細胞が増えて培養容器がいっぱいになれば、薄めて次の培養容器へ植え継ぐ。これを続けると、多くの細胞が寿命を迎える中、増え続ける細胞が現れることがあります。今回の論文でも、用意した5つの細胞のうち4つは途中で増殖が止まりましたが、残りのひとつは増え続けました。培養細胞は60回から80回程度で分裂の限界がきてしまいますが、残ったひとつの細胞であるFaTTyは、250日以上培養可能で、200回を超えても分裂し続けました。

このように、長期培養によって細胞が変化し、分裂限界を超えて長期培養が可能になった細胞を「自然不死化細胞株」と呼びます。

自然不死化のメリットは、消費者へ説明しやすい点です。遺伝子改変技術を用いることで簡単に細胞を不死化できますが、その時点で遺伝子組み換え食品に該当してしまうことになるので、消費者受容や規制クリアが一気に難しくなります。

その点、自然不死化の場合は、細胞が自ら変化して獲得した特性、つまり従来の品種改良と同じ自然現象とも言えるわけです。もちろん「自然だから何でも安全」という話ではありませんが、遺伝子改変で作製した細胞株と比べると、食品としての説明はしやすくなります。

一方デメリットとしては、不死化するかどうかは確率論であること、どんなメカニズムで不死化するかも分からないということです。実際に論文内でも、FaTTyになった元の細胞(長期培養前の細胞)をもう一度不死化させようとしたらできなかったという記述があります。

このように、自然不死化は培養肉の消費者受容を高めるために使われる手法であって、技術的には新しくも効率的でもありません。培養肉を作る目的が「最大効率の動物性タンパク質の生産」であれば、ほかの技術を用いて細胞株開発が進んでいると思います。

高い脂肪分化能を維持している

自然不死化細胞株は、長期培養の末に実現したかどうかが分かります。そのため、不死化のための長期培養を行っているうちに、目的の分化能を失ってしまうことがあります。不死化させる前であっても、継代を重ねるうちに分化能が弱まっていくことが知られています。

FaTTyの特筆すべき点は、不死化した後も非常に高い脂肪分化能を有していることです。200回分裂した後でも、76〜93%の脂肪分化効率を保っていたという驚きの結果でした。培養脂肪を作る場合は脂肪分化能が命ですので、理想的な細胞株と言えます。加えて、平面培養でもアルギン酸ハイドロゲルを使った3次元培養でも脂肪分化できることが確認されており、大変魅力的な細胞株です。

ただし、脂肪酸の比率は完全に同じではありません。FaTTy由来脂肪細胞は天然の豚脂肪と比較して、一価不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸の比率が異なるとされています。多価不飽和脂肪酸が培養脂肪では少なくなっていました。

脂肪組成が異なることは、必ずしも問題になる訳ではありません。培養条件を変えることで、脂肪酸組成を調整できる可能性もあります。それに豚脂肪に近い脂肪酸組成が最も美味しい組成とも限りません。

ここから私がFaTTyを開発するなら?

2026年現在においても、FaTTyは世界有数の培養脂肪生産用細胞株だと思います。仮に他社が同じ方法でFaTTyのような細胞を作ろうとすると、少なくとも2年は掛かるでしょう。この2年のリードがある場合、私なら次のようにFaTTyを開発していきます。

最初に取り組むのは無血清培地への馴化です。FaTTyは、10%FBSの条件下で作製された細胞株で、血清がなければ増殖できない状態の細胞です。このままでは培養肉生産には使えないので、まずはFaTTyが増えることのできる無血清培地の開発に取り組みます。

無血清化が完了したら、次は大量培養の方法を検討していきます。様々な大量培養方法がありますが、各種方法と細胞には相性が存在します。この細胞なら増えるけどこっちの細胞は増えない、なんてことはよくあります。細胞を培養方法に合わせていくのか、それとも細胞に合った培養方法を探すのか、そこは研究者のセンスです。また培養方法によっては分化能が失われてしまうこともあるので、必ず増殖→分化能の確認までを1セットで行っていく必要があります。

今回の論文ではアルギン酸ハイドロゲルの中に細胞を取り込ませて三次元培養&脂肪分化をしていますが、この方法を取れるのは一番最後のスケールのみです。それまでの細胞数を増やす段階ではこの方法がほぼ使えないので、分化前の細胞を効率よく拡大していく方法を探さなければなりません。

ここまで上手く進んだら、ちょうど2年くらいになると思います。資金を集中的に投じれば、もう少し早くなるかもしれません。

培養肉生産における細胞株の重要性

培養肉生産において、どの細胞株を使うかは非常に重要な問題です。ここで判断を誤ると、開発や大量培養でつまずくこととなり、採算性の合わない事業になってしまいます。

具体的には、今回のFaTTyのようにほぼ無限に増えてくれる細胞株でなければ、都度細胞を取り直し、培養評価をやり直す必要が出てきます。動物から採取した初代細胞は、採取個体や採取時期によって性質が変わるため、毎回同じように増えるとは限りません。

一方で、無限分裂できる細胞をマスターセルとして保管しておけば、評価対象となる細胞の出発点を固定できます。これにより、増殖能や分化能の評価を積み重ねやすくなり、開発の再現性も高めやすくなります。

また今回の論文ではそこまで追究されていませんが、培養環境にどれだけ適応しやすいか、という点も重要です。特に培養液との相性は非常に重要で、例えば特定の成長因子がないと増えないような細胞株を選んでしまうと、コストを切り詰めることが難しくなってしまいます。逆に基礎培地に近いような栄養成分組成で増えてくれる細胞、もしくは高密度化やストレス耐性が高い細胞などを選定しておくと、その後の開発や生産がかなり楽になります。

培養肉業界における自然不死化細胞株

驚くべきことに、FaTTyを作製したこの不確実でメカニズムも不明な自然不死化という方法が、培養肉業界でよく使われる開発手法のひとつです。世界で初めて販売されたGOOD Meat社の培養鶏肉も、自然不死化した鶏細胞が使われています。他にもES細胞(胚性幹細胞:無限に増殖できる段階の幹細胞)を用いる場合もありますが、私の感覚では1:3で自然不死化細胞株が用いられている印象です。ただこれからは、開発スピードや増殖能の高さ、どんな細胞にも分化できる強みから、ES細胞を使った培養肉が増えてくると思います。

自然不死化による細胞株開発は、最低でも2年は掛かるイメージです。それでも今回のように、豚細胞や牛細胞でも自然不死化できた成功例があるのが救いです。ただ確率はかなり低めに見積もった方が良いです。そこからさらに優秀な細胞を選別しようと思うと、さらに時間がかかることでしょう。

効率的な培養肉生産には、細胞を開発しないという選択肢はないと思っています。未開発な初代細胞で培養肉を作っている例も見ますが、正直無理がある、先がないと考えています。この話はまたどこかで。

まとめ

今回はFaTTyの論文をもとに、細胞株開発方法のひとつである自然不死化について説明しました。細胞株開発の重要性と大変さが少しでも伝われば幸いです。

FaTTyのような細胞は、生産については改善の余地があるものの、研究開発用の細胞としては極めて優秀な細胞です。こういった細胞があることで培養肉業界全体が前に進んでいくので、優秀な細胞株がたくさん生まれてほしいと思っています。

引用文献

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