シンガポールで承認されたAleph Farmsの培養牛肉を技術レビュー
細胞培養食品

シンガポールで承認されたAleph Farmsの培養牛肉を技術レビュー

2026年8月、イスラエルの培養肉企業Aleph Farmsは、同社の培養牛肉「Cultivated Thin-Cut Steak」がシンガポール食品庁(SFA)の承認を得たと発表しました。Aleph Farmsにとっては、2023年末のイスラエルに続く2市場目の承認となります。

これに関連するニュースを見て、技術的にもう少し詳しく知りたいと思った方のために、培養肉研究員である私が、技術の部分を深掘りしてお伝えします。

本記事の構成は、下記の通りです。

  1. 今回の承認に係るニュース記事の情報まとめ
  2. Aleph Farmsの公式情報と過去のインタビュー記事
  3. Aleph Farms関連の論文・特許情報

①は今回の製品について確認された情報、②は今回の製品に反映されている可能性が高いAleph Farmsの公式情報、③は今回の製品への採用状況は不明であるものの、Aleph Farmsが保有している技術です。情報の確度が高い順に並べています。

そもそもAleph FarmsがSFAに提出した安全性評価資料や、承認対象となった製造工程の詳細は、現時点では公開されていません。そのため、②や③の情報が今回承認された製品に採用されているとは限らない点に注意してください。

①今回の承認に係るニュース記事の情報まとめ

まずは、今回の承認に関するAleph FarmsのCEOインタビュー記事と、ニュースメディアで公表された情報をまとめていきます。

承認について

  • Aleph Farmsの「Cultivated Thin-Cut Steak」は、2022年9月にシンガポール食品庁(SFA)へ申請書を提出しており、4年かけてシンガポール国内での販売承認を取得した。
  • 同社の培養牛肉が承認されるのは、イスラエルに続いて2市場目。
  • 培養牛肉で複数市場の承認を持つ企業は、現時点でAleph Farmsのみ。

製品について

  • 承認対象は、薄切りステーキ型の培養牛肉。
  • 培養した牛細胞と植物性タンパク質を組み合わせたハイブリッド製品。
  • 植物性タンパク質マトリックスには、大豆と小麦が使用されている。
  • 細胞含有率は10〜20%の範囲。

細胞・培養液について

  • 細胞は、Black Angus牛「Lucy」の受精卵に由来する。
  • 製品に使用した細胞は、非遺伝子改変・非不死化細胞。
  • 動物由来成分を一切含まない培養液(2021年にクリア済みとのこと)。

生産・販売計画について

  • シンガポールでは、現地CDMOのCell Agritechで生産予定。
  • 生産ラインの稼働と一部レストランでの提供開始は、2027年前半を予定。
  • 初期生産はシンガポールで行い、需要拡大後はCell Agritechのマレーシア・ペナン拠点も活用する計画。

以上が、今回のインタビュー記事とニュース情報から確認できる範囲です。

これらの情報だけだと、技術的には「牛の受精卵由来の細胞を、動物由来成分を含まない培養液で増やし、植物性タンパク質と混ぜたハイブリッド肉」ということしか分かりません。

次はAleph Farmsのホームページと過去のインタビュー記事から、もう少し製品の特徴を深掘りしてみます。

②Aleph Farmsの公式情報と過去のインタビュー記事

Aleph Farmsは2023年に、イスラエル保健省(MoH)から培養牛肉の承認を得ています。シンガポールへの申請も2022年だったことから、技術的には同レベルの製品を申請したと推測できます。

そのため、技術情報があまり出回っていないシンガポール案件のニュースだけでなく、過去のインタビュー記事と、Aleph Farmsがホームページでアピールしている技術情報もまとめていきます。

細胞について

  • 細胞の起源は、カリフォルニアの繁殖農場で飼育されていたBlack Angus牛「Lucy」の受精卵。
  • 受精卵を短期間発生させた後、そこから樹立した細胞をセルバンク化。
  • この細胞は遺伝子改変されておらず、筋細胞やコラーゲン産生細胞など、複数種類の細胞に分化可能。

培養について

  • セルバンクの細胞を培養槽へ移して増殖させる。
  • 増殖した細胞は、大豆と小麦から作られた植物由来の足場に播種され、その後、成熟・組織化の工程へ進む。(ただし、2026年のインタビュー記事ではこの工程を省略できたと語っているため、シンガポール向け製品では、植物性タンパク質を回収した細胞と混ぜるだけの可能性もあります。)
  • 最初の細胞を除けば、培養工程および最終製品に動物由来成分や抗生物質を使用していない。
  • 細胞の増殖、分化、構造化から収穫までには、全体で数週間を要する。

全体的に輪郭が見えてきましたね。ただし、過去のインタビュー記事はイスラエルで承認された培養牛肉について語ったものであり、会社ホームページの記載は現在の技術全般を説明したものです。この違いは踏まえておきましょう。

そして最後に、さらに推測の域になってしまいますが、より詳細な技術情報を確認していきましょう。

③Aleph Farms関連の論文・特許情報

少し長文になってしまいましたので、情報をまとめたイラストを記事の最後に掲載しました。時間のない方は、そこまでスクロールしてください。

受精卵由来のウシ胚性幹細胞を使用

細胞に関する詳細な情報を知るうえで参考になるのは、Aleph Farms所属研究者が2023年に発表した論文です。

この論文は、受精卵由来のウシ胚性幹細胞を培養肉産業に活用することの利点を述べたものであり、細胞に関する多くの情報を読み解くことができます。

  • ウシから受精後7日目の初期胚を回収し、そこからウシ胚性幹細胞株(bESC)を樹立した。
  • 外来性感染因子が検出されないことを確認済み。
  • 樹立したbESCについて、FACS、real-time PCR、免疫蛍光染色を用いて多能性(さまざまな細胞に分化可能であること、特に中胚葉系への分化)を評価済み。
  • 長期培養中の増殖速度、多能性維持、遺伝的安定性も確認済み。
  • 最初に30本のSeed Stockを作製した後、200本のMaster Cell Bankを作製し、さらにそこから200本を超えるWorking Cell Bankを作製。
  • bESCは浮遊培養へ移行可能で、撹拌型バイオリアクターで培養することで7日間で約50倍に増加させることが可能。

今回のシンガポールの製品も、同じプロセスで最初の細胞が準備されていると想定されます。

浮遊凝集培養でbESCを増やす培養方法

より詳しい培養方法は、同社の特許(US20250163368A1)から読み取れます。

実施例が付いているため、より詳細な条件を確認できました。

  • 対象は主に牛由来多能性幹細胞(bovine PSC/bESC)。
  • 細胞を単細胞または小さな凝集体として液体培地へ播種し、凝集塊を形成させながら増殖させる。
  • フィーダー細胞、細胞外マトリックス、マイクロキャリアなどを使用せず、細胞凝集体そのものを浮遊させる方式。
  • 非遺伝子改変PSCを大量培養しながら多能性を維持する方法。
  • 培養液は無血清培地で、bFGF、TGF-βまたはActivin A、Wntシグナル阻害剤などを組み合わせ、播種や再凝集時にはROCK阻害剤を使用する構成。
  • 播種密度は0.2〜0.5×10⁶ cells/mL。
  • 培養温度は37℃ではなく38.6℃。
  • 凝集塊サイズを約30〜350 µmに管理しながら培養。
  • 凝集塊径が45 µmを超えた段階、通常は培養開始2〜3日後から、perfusion filter systemによる自動培地交換を実施。
  • 大きくなった凝集塊を、酵素処理や撹拌によって小さくする工程を含む。

シンガポールの製品でどのような培養系が使用されているかは定かではありません。しかし、この特許は2020年に出されていたことから、今回の製品に応用されている可能性は高いと考えています。

植物タンパク質を「足場兼食品」にする特許

どうやって薄切りステーキ状にしているのか、最も答えに近いと思うのがこちらの特許(WO2022097140A1)です。

この特許の中心は、食べられる植物タンパク質多孔質体を作り、それ自体を食品として使うと同時に、動物細胞の培養足場としても使うという内容です。

このときの培養足場は、マイクロキャリアなどの小さなものではなく、製品そのものになるような大きさが想定されています。

  • 主成分は小麦グルテン(40%以上)で、大豆、エンドウ、トウモロコシ、ヒヨコ豆、レンズ豆、米を混ぜて使う。
  • 典型例では、小麦グルテン70〜95%程度と記載。
  • 上記材料に水を加えて混練し、グルテンネットワークを形成させて成形・加熱する。
  • 混練条件や加熱条件によって物性を変えられる。
  • 作製した植物タンパク質シートを、スライサーで1 mm〜1 cmの厚さに切断する。
  • 切断した足場材をエタノールで親水化させる。
  • 細胞を播種して静置培養し、足場上に細胞が接着・増殖できることを確認済み。
  • 実施例では、浮遊培養して増殖させたbESCをこの足場へ播種し、12日間培養することで、筋系細胞とコラーゲン産生細胞へ分化できたことを確認。
  • 上記のように足場材として使わず、培養した細胞と植物タンパク質を混ぜるだけの方法もカバー。

培養牛肉の画像を見ると、薄いシート状になっていることが分かります。今回のシンガポールの製品でシート状での培養まで実施しているかは不明ですが、今後の製品の方向性と見ることができます。

細胞+培養方法+植物性タンパク質の技術をまとめると

上記3つの技術をまとめて、今回のシンガポール製品の製造フローを予想すると、次のような図になります。

Aleph Farms Thin-Cut Steak 製造フロー予想。細胞・培養、植物性タンパク質、構造化・製品化、技術的なポイントの4ブロックで構成した図解。

プロセスとしてきれいにまとまったのではないかと思いますが、これが正しいかどうかは内側の人しか分かりません。

もしかしたら2〜3年後に論文として公開されるかもしれない、という程度です。

技術レビューまとめ

Aleph Farmsの技術情報を詳しく見ていくと、今回の培養牛肉は高い技術力の上に成り立っていることが分かります。

興味深かったのは、植物性タンパク質の使い方です。もともと植物性タンパク質を培養足場として使用する方法から、培養には使用せず、食品加工工程で細胞と混ぜる方向へシフトしています。

これは技術的な問題だけでなく、採算性を確保するために行った変更に見えます。おそらく、分化工程で生まれる食品としての価値と費用が釣り合わなかったのでしょう。

申請してから承認までには数年かかりますが、その間にも、より良い技術は生まれ続けます。一度申請してしまうと、その後の変更も大変だと聞いていますので、どの技術レベルで申請を行うかも、これから重要になってきますね。

引用文献

  1. Aleph Farms「Aleph Farms has received regulatory approval in Singapore」2026年8月。

  2. AgFunderNews「Aleph Farms plans 2027 cultivated beef launch in Singapore after securing green light from regulators」。

  3. Just Food「Aleph Farms to launch cultivated steak in Singapore next year after gaining regulatory approval」。

  4. Green Queen「Aleph Farms lab-grown meat / cultivated beef Singapore approval & launch」。

  5. FoodNavigator「Aleph Farms prepares for initial product launch - the world’s first cultivated steak」2023年4月。

  6. FoodNavigator「Aleph Farms cultivated beef approved in Israel」2024年1月。

  7. Aleph Farms「Our Recipe」。

  8. connectsci.au「From fertilised oocyte to cultivated meat」2023年。

  9. Google Patents「US20250163368A1」。

  10. Google Patents「WO2022097140A1」。

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