培養肉企業が扱う細胞について解説② ~国内培養肉ベンチャーを事例に細胞を見てみよう~
前回の記事では、細胞を見るときのポイントを4点紹介しました。今回の記事では実際に、国内培養肉ベンチャーを事例に細胞を見る練習をしてみましょう。
おさらい。細胞を見る4つのポイント
簡単に前回の記事をおさらいしておきましょう。
細胞を見るときのポイントは、「由来の動物」「細胞の種類(どんな細胞か)」「細胞の状態(初代細胞か改良された細胞か)」「細胞の増え方」の4つです。単語だけでは伝わりづらい部分があるので、まだ前回の記事を読んでいない方は、先にこちらを読んでからだと理解が深まると思います。
培養肉企業が扱う細胞について解説① ~細胞の見るべきポイント4点~
それではこの4点に着目して、国内ベンチャー企業を見てみましょう。
事例①:インテグリカルチャー株式会社のアヒル肝臓由来細胞
過去記事で紹介したインテグリカルチャーの細胞を見てみると、論文では「Primary duck liver-derived cells(アヒル肝臓由来初代細胞)」と記載されており、また同社の公開資料でも「アヒル肝臓由来細胞」「初代細胞集団群」と明記されています。ここから読み解いていきましょう。
まず、由来の動物と細胞の種類を確認しましょう。由来の動物は分かりやすく「アヒル」由来で、細胞の種類は「アヒル肝臓由来細胞」です。ここで前記事で挙げた注意点ですが、科学的にみると「肝臓細胞」と「肝臓由来細胞」は別物である可能性があるので注意してください。今回は肝臓由来細胞ですので、肝臓細胞かもしれませんし、肝臓由来の肝臓細胞以外かもしれません。気になっても公開情報から正確に読み解けませんので、素直に「肝臓由来細胞」とインプットしておきましょう。
アヒル×肝臓由来細胞から分かることは、アヒルの肝臓である高級食材、フォアグラのような高付加価値食品を連想しやすいことです。ただ他のニュースや記事を見る限り、製品を料理の原料として使う形を取っているので、そこまでフォアグラに重きを置いていないようにも見えます。過去資料ではフォアグラの記述が出ていましたが、最近の資料は「アヒル肝臓由来細胞を用いた細胞培養食品」という形に落ち着いています。
製品やブランディングの狙いを考察した上で、次は生産に関わる「細胞の状態」と「細胞の増え方」を見ていきます。まず細胞の状態ですが、同社が使う細胞は初代細胞であることが明記されています。そして細胞の増え方は論文に書いてある通りだと、可食性の足場を使って増やしていることが分かります。前回記事で書いた「足場材料を用いた三次元培養」のパターンになります。
この状態と増え方を見ると、長期に培養しづらい初代細胞を使っているハンデはあるものの、食べられる足場の上で細胞を培養することに成功しているため、一定量の生産力を有していることが分かります。
初代細胞における生産効率の限界よりも、まずは安全性や消費者受容、日本国内での早期実現を重視した結果、あえて初代細胞を選んでいるふしもあります。今後は国内での上市を見据え、制度整備や行政との事前相談を進めつつ、並行して細胞の改良や培養システムの改良を行って生産力を拡大させていくことが見込まれます。
同社は日本での上市を見据えた段階にあるため、データが揃っており非常に分かりやすい事例だと思います。同社に限らず、海外の販売認可を得ている企業に関しては、このように情報を整理するのが容易な場合が多いです。
事例②:ダイバースファーム株式会社
ダイバースファーム株式会社は、2020年に設立された培養肉ベンチャーで、再生医療技術×ミシュラン1つ星シェフ×養鶏農家という、非常に興味深いメンバーで取り組まれています。コア技術が組織形成にあるため細胞に関する情報は少ないですが、できる限り拾ってみましょう。
由来の動物は鶏、細胞の状態は各公開資料から初代細胞であることが分かりますが、どんな細胞か(どこ由来か)、作るときの増やし方までは正確に分かりませんでした。私の個人的な推測になりますが、培養鶏肉をアピールしていることから鶏筋肉由来の細胞、初代細胞であるため平面培養で増やした後、同社コア技術で組織形成されているのだと想像します。
同社の製品は培養チキンなので特色は少ないですが、それを一流シェフの調理によって、嗜好性の高い最終製品に仕上げることが狙いかと思います。初代細胞を使っていることも、変に人工的なイメージを持たせたくない戦略のひとつに見えます。
ただ、やはり課題は初代細胞を使う生産力の低さになるように思えます。一方で、料亭で出す程度の生産力であれば、初代細胞でも事足りるのかもしれません。少量生産、高付加価値路線で実現できれば面白い取り組みになるかと思います。
事例③:株式会社オルガノイドファーム
株式会社オルガノイドファームは、2021年に設立した日揮HD発の培養肉ベンチャーです。親会社である日揮HDの開発力をもとに、培養肉の大量培養、プロセス設計に力を入れています。最近リリースされたこちらのニュースと出願特許をもとに、細胞を見てみましょう。
ニュースから引用すると、“牛の筋肉細胞株を使い、細胞培養の足場材を使用しない浮遊培養プロセスを採用” と明記されていることから、由来の動物は牛、種類は筋肉細胞(筋芽細胞)、増え方は足場材を使用しない浮遊培養であることが分かります。そして続きに、“一般の牛の筋肉細胞と異なり、細胞分裂が途中で止まることなく増殖を続ける特徴を有し” とあることから、初代細胞ではなく、開発された細胞株を用いていることが分かります。
開発した細胞が出てきたときは、その開発方法にまで目を向けるのでしたね。今回の細胞の開発方法は、ニュースだけでは明記されていません。ただし同社の公開特許を見る限り、少なくとも特許上は、複数の遺伝子を導入して樹立する細胞株が示されています。実際に200L培養で使われた細胞株と特許記載の細胞株が完全に同一かどうかは公開情報だけでは断定できませんが、同社が開発細胞株を用いた生産効率向上を重視していることは読み取れます。
こう見ると、同社は牛の筋肉細胞を用いて培養「肉」を作ろうとしており、そのために開発した細胞株を用いて生産効率を高める方向に舵を切っています。最近のニュースであった200Lの培養実証は、企業発表では国内最大級規模とされています。唯一の懸念点としては、細胞を開発した方法が遺伝子導入型である場合、安全性、認可、消費者受容の観点から不利になり得ることです。前述の2社と異なる戦略を取っているため、今後どうなっていくか目が離せません。
事例④:株式会社Hyperion FoodTech
株式会社Hyperion FoodTechは2023年に設立した培養肉ベンチャーです。その特徴は分かりやすく、培養肉用のウシ多能性幹細胞を作製している点です。
同社HPを見てみると、国産牛の受精胚に由来する多能性幹細胞を樹立したと記載しています。ですので、由来の動物は牛、細胞の種類と状態は多能性幹細胞になります。多能性幹細胞の場合は、特段改良せずとも長期培養が可能な細胞種であるため、細胞の状態も一緒に決まります。そして細胞の増え方も、足場のない三次元培養(浮遊培養)で成功したとリリースが出ています。
浮遊培養に進めている点は、生産効率の面で有利に働く可能性があります。ただし、リリース上は2L以下の実証段階であり、スケールアップ、培養液成分の低コスト化、食品製造に好ましい培養液成分への変更、3次元培養下での分化誘導法の開発などは今後の課題として残っています。
多能性幹細胞の強みは、この細胞ひとつで筋肉も脂肪も作れる可能性があることです。実際に同社はこの細胞を増やした後に、筋肉細胞へと分化できることを確認しています。筋肉と脂肪を作るのに1種類の細胞で済むのは、生産上2種類の細胞を使うよりも有利に働くと思います。また、開発に遺伝子組換え技術を用いていないため、認可や消費者受容という面で、遺伝子組換え細胞と比べると有利になる可能性があります。多能性幹細胞を使う戦略は、培養肉開発における有力な選択肢のひとつだと思います。日本発の企業がどう戦っていくのか楽しみです。
国内培養肉ベンチャー4社の比較表
ここまで文字で解説してきたことを、表で整理してみましょう。
| 企業名 | 由来の動物 | 細胞の種類 | 細胞の状態 | 増え方 |
|---|---|---|---|---|
| インテグリカルチャー㈱ | アヒル | 肝臓由来細胞 | 初代細胞 | 可食性足場材を用いた三次元培養 |
| ダイバースファーム㈱ | 鶏 | 筋肉由来細胞(仮) | 初代細胞 | 平面培養(仮) |
| ㈱オルガノイドファーム | 牛 | 筋肉細胞 | 開発細胞株(遺伝子導入型) | 浮遊培養 |
| ㈱Hyperion FoodTech | 牛 | 多能性幹細胞 | 多能性幹細胞 | 浮遊培養 |
※ダイバースファーム㈱の細胞の種類と増え方、㈱オルガノイドファームの開発方法については、公開情報から読み取れる範囲をもとにした筆者の推測を含みます。
このように整理するとそれぞれの狙いや進捗が分かりやすくなります。今回は日本の4社に留めましたが、海外企業もこの表で整理していくと非常に良くまとまるかと思います。
細胞を見ると企業の戦略が見える
以上のように、細胞を4つの着眼点で見ていくと、その企業の狙いと進捗が見えてきます。ただし、公開情報にはそこまで載っていないこともあり、その場合は学会や論文、特許情報から推測する必要があります。
培養肉企業の発表を読むときは、「何の動物か」だけでなく、「どの細胞を、どの状態で、どう増やしているのか」まで見ると、開発戦略の違いがかなり見えてきます。
初代細胞を選ぶ企業は、安全性や消費者受容、国内での早期実装を重視しているように見えます。一方で、開発細胞株や多能性幹細胞を使う企業は、生産効率やスケールアップを強く意識しているように見えます。どちらが正解というより、どのリスクを先に取るかの違いです。
これから培養肉企業のニュースを見る際には、この記事で書いた4つの着眼点から読み取ると理解しやすくなると思いますので、ぜひ活用してみてください。
引用文献
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消費者庁 食品衛生基準審議会 新開発食品調査部会 資料
https://www.caa.go.jp/policies/council/fssc/meeting_materials/assets/fscc_cms105_260327_02.pdf -
日揮HD発のフードテックベンチャー・オルガノイドファームが牛筋肉細胞の200L培養を実証
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000326.000065135.html -
不死化ウシ前駆細胞株及びその製造方法
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202503006661889916 -
株式会社Hyperion FoodTech 技術発表資料
https://www.hyperionft.jp/assets/pdf/data240819.pdf