日本初の細胞性食品を実現に向けた、インテグリカルチャー社とそのアヒル由来細胞性食品の製造プロセスの紹介。
インテグリカルチャー社が公開したアヒル由来細胞性食品の製造プロセスは、日本で細胞性食品を社会実装するうえで重要な事例だと思います。この記事では、同社の事業の位置づけを確認しながら、製造工程、安全性確認、食品グレード原料、そして今後の期待と懸念点を説明します。
インテグリカルチャー株式会社とは?
インテグリカルチャー株式会社は、2015年に設立された日本のスタートアップ企業です。細胞農業(細胞培養技術によって動植物由来製品の生産を行う営み)の関連スタートアップとしては世界でも最初期に立ち上がった企業のひとつです。
同社のコア技術は「CulNet®システム」という、動物体内の臓器間相互作用を模した環境を生体外でつくることでFBSを必要としない培養システムです。これにより、大幅な培養、生産コストの削減を目指しています。
インテグリカルチャー社は細胞性食品を作る企業というより、細胞農業のインフラ企業というポジションになっています。起業当初はCulNet®システムとそれを用いた培養フォアグラの生産を主軸に始まりましたが、2021年には細胞農業インフラ技術のオープンイノベーションを推進するプラットフォーム「CulNetコンソーシアム」を稼働させて、培地等の培養資材・培養装置などを含む細胞農業の開発基盤を広げました。そして2024年には開発製品を売買できる細胞農業に特化したBtoBマーケットプレイス「勝手場(英語名:Ocatte Base)」をスタートさせています。また同時並行でアヒル肝臓由来細胞の細胞性食品の開発も続けており、2024年には農水省SBIR事業の支援を受けて製造ライン整備・運用を開始し、2025年には大規模な官能評価会を実施しています。
さらに、2026年2月の企業発表では、2025年9月期に単年度黒字を達成したことも公表されています。売上構成は、自社開発製品を展開する「細胞農業製品事業」と、業界基盤を支える「細胞農業インフラ事業」がそれぞれ約5割と説明されています。つまり現在のインテグリカルチャー社は、培養肉だけに賭ける会社ではなく、化粧品、培養資材、装置、受託開発、食品製造ラインを組み合わせながら、細胞農業の産業基盤を作ろうとしている会社なのです。
インテグリカルチャー社が作るアヒル由来細胞性食品の紹介
今回参考にするのは、2026年1月に公開された「An integrated scalable process for adherent cultivated meat production: From proliferative cell selection to safety-verified product development」です。同社から出た論文で、同社が作るアヒル由来細胞性食品の製造プロセスが具体的に記載されていますので、この論文を元に説明していきます。
同社の生産工程は、「前培養工程」「拡大培養工程」「食品加工工程」の3つに整理されています。まず前培養工程では、ふ卵器で発生を進めたアヒルの有精卵から胚を取り出し、肝臓由来の細胞を採取します。そして平面培養で2継代、計12~13日間細胞を増やすのが前培養工程です。次に増えた細胞を、食べられる足場材とともにバイオリアクターで培養するのが拡大培養工程。そして最後に、培養した細胞を足場材ごとバイオリアクターから取り出し、充填、加熱処理、冷凍保管まで行う食品加工工程を経てアヒル由来細胞性食品が生まれます。ここまでで、計21~23日の期間が掛かります。
技術者の方々のために数字を足します。まず最初に肝臓由来細胞を播種するのはT175×3枚、そこからT175×10枚に継代し培養、更に継代してT175×40枚まで達します。これを培養してコンフルエントにさせることで、8×10⁸個の細胞を得ます。この細胞をバイオリアクターで9~10日培養することで、最終的に3.6×10⁹ cellsにまで達し、この細胞数を50gのアヒル由来細胞性食品(足場材含む)を作る上での最小細胞数としています。
論文内では、食品安全性に関しても確認済みであると記載されています。具体的には、食品加工工程を経たあとの製品に関して、金属異物検査、一般生菌数(サルモネラ菌や大腸菌群など個別検査含む)、含有重金属を検査し、一般的な食品安全基準を満たすことが確認されています。
加えて、今回の製品と鴨レバーの栄養成分を論文図6で比較しているので、気になる人は論文から確認してみてください。栄養成分としては鴨レバーとは異なる、新しい食品と見た方が良いような結果となっています。
ただし、今回の製品は鴨レバーそのものの代替というより、アヒル由来細胞を用いた新しい食品素材として見るべきです。栄養成分、食味、価格、表示、消費者受容については、今後さらに整理が必要だと思います。
このように、この論文を見れば同社製品の製造プロセス、食品検査結果、栄養成分が分かります。
現場研究員が見る、特筆すべきポイント
同社の製造プロセスで特筆すべき点は、その材料設計です。今回の製造で用いた、FBS代替を含む培養液、平面培養時のコーティング剤、継代時の細胞剥離剤、食べられる足場材、使用したバイオリアクターはすべて同社(CulNetコンソーシアム)の開発品が用いられています。そしてこれらの開発品はすべて「食経験がある食品及び食品添加物のみを原材料とした」と説明されています。他にも抗生物質を使用しておらず、細胞及び培養液と接触する基材は食品衛生法のポジティブリスト制度や材質別規格試験による適合を確認したものを使用しているとのことです。
これは、社会実装と事業の面から大きな意味を持ちます。日本で細胞性食品を製造する場合には、国内の食品衛生法に準ずる必要があります。一般的に細胞培養に使われているものや他国で許可されている素材であっても、日本で生産する場合には使用許可が下りない場合があります。同社は日本で販売することを見据えて、「食経験がある食品及び食品添加物のみ」を意図的に用いているのだと思います。研究用途の資材しか無かったところから食品製造寄りに組み直すのは想像以上に大変です。研究とはまた違う開発力が問われたと思いますが、同社は長年の開発を経て製造まで至ったのだと思います。
事業面としては、今回使った資材が日本国内の細胞性食品のスタンダードになる可能性があるということです。仮にこのアヒル由来細胞性食品が、行政との事前相談や安全性確認を経て国内上市に至った場合、今回使われた資材や工程は、後続の細胞性食品開発において重要な前例として参照される可能性があります。食品行政や実務運用では、既に説明・整理された前例が参照されやすい面があります。そのため、第二、第三の細胞性食品を作る場合は、説明しやすい資材や工程として、今回使われた同社の資材が候補になり得ると思います。それが同社が目指す「細胞農業のインフラ企業」という事なのでしょう。今回の製品はそのためのデモンストレーションなのだと思います。
そして同社はすでにこれを一定の製造ラインとして、運用試験を進めています。同社資料では、初代アヒル由来細胞を用いた細胞性食品の製造ラインについて安定稼働試験を継続中と説明されています。製造ラインはHACCPによるリスク管理で整理・運用試験を継続中であり、第三者機関も交えてデータ蓄積を進めているとされています。ただ細胞を増やすだけでなく、製造ライン、HACCP、加熱、冷凍、第三者試験、行政への説明まで含めて公開している点は、公開情報ベースでは国内の細胞性食品の中でも実装にかなり近い位置にいる企業の一つだと思います。
培養肉の研究では少量の試作品を作ったという発表は珍しくありません。しかし食品産業として本当に必要なのは、同じ工程で繰り返し作れることです。細胞の増殖が毎回同じか、汚染を防げるか、原料ロット差を吸収できるか、加工後の品質が安定するか。そうした再現性の確認が製造には必要になります。それに関しても生産規模をさらに拡大したニュースを見かけるので、今後の実装に向けた進展を引き続き見ていきたいところです。
インテグリカルチャー社に期待する点、懸念点
私が同社に期待しているのは、国内の細胞性食品で最初の突破口を開いてくれることです。培養肉や細胞性食品は、研究としては面白くても、食品として流通させるには規制、製造、コスト、表示、消費者説明が絡みます。誰かが最初に行政と対話し、実際の製造ラインを示し、どのデータを出せばよいのかを明らかにしないと、後続企業も動きにくいです。
その意味で、同社が公開している情報は、業界にとって単なる企業PRではありません。消費者庁の資料では、同社は製造ライン全体をHACCPで管理できると整理し、HACCPを基本とした制度設計を希望しています。また、使用物質については、安全性、使用条件、残留等に関して合理的な説明を事業者に求める形を希望するとしています。これは、食品事業者として現実的に運用できる制度を求める主張です。
この視点は社会実装に向けて極めて重要です。細胞性食品を医薬品に近い管理体系で扱うと、安全性はより担保されますが、設備投資、プロセスバリデーション、ドキュメンテーションの負担が大きくなります。同社自身も、医薬品GMPの導入・実施は、人員、費用、理解も含めて参入障壁になる懸念があると説明しています。食品として安全性を担保しながら、食品産業として成立する管理体系をどう作るか。ここは、同社だけでなく国内の制度設計全体に関わる論点です。
一方で、懸念点もあります。端的に言えば、国内業界における同社への依存度が高すぎることです。日本国内で、食品グレード原料、細胞培養資材、製造ライン、行政対話、細胞性食品の試作品開発まで一体で進めている企業は限られています。もし同社が失速すれば、国内の細胞性食品の議論そのものが後退する可能性があります。
これはインテグリカルチャー社が危ないという意味ではありません。むしろ、同社は2025年9月期の単年度黒字達成を発表しており、細胞農業製品事業とインフラ事業の両輪で事業を組んでいます。それでも業界全体として見ると、一社が担っている役割が大きすぎることはリスクになります。開発自体はコンソーシアムで分担して進められていると思いますが、第二、第三の細胞性食品企業が出てこなければ国内産業として立ち上がるのは難しいでしょう。
今回紹介した論文は、細胞性食品がロマンから現実に近づいた一つのステップとして読むべきです。もちろん改善すべき点は沢山あります。しかし、いつまで経っても社会実装しない技術よりも、食品として説明できる材料を使い、再現性のある工程で作り、安全性を確認し、行政と消費者に説明する。その地味で面倒な部分に踏み込んでいることが、この取り組みの重要なところだと思います。
まとめ
インテグリカルチャー社は、日本の細胞性食品の社会実装において重要な役割を担う企業です。バイオ系スタートアップとして10年以上生き残り、単年度黒字化を達成し、日本初の細胞性食品を実現しようとしています。実際に細胞性食品が国内販売されることは、産業の活性化につながる可能性があります。
海外でもいくつかの細胞性食品スタートアップが倒産するニュースが流れていること、また国内市場が開いていないことから、徐々に日本国内における細胞性食品への熱や関心が薄れているように感じます。この流れを変えられる可能性がある存在の一つが、インテグリカルチャー社だと思います。
インテグリカルチャー社の取り組みは、日本で細胞性食品を社会実装するうえで重要な試金石になると思います。今後、どのような形で安全性確認、表示、消費者説明、そして実際の上市へ進んでいくのか、引き続き注目していきたいです。
引用文献
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Hatano, H. et al. “An integrated scalable process for adherent cultivated meat production: From proliferative cell selection to safety-verified product development.” bioRxiv, 2026.
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インテグリカルチャー株式会社「家きん細胞性食品製造ラインの開発現状に基づいた事業者としての意見」消費者庁 新開発食品調査部会 資料, 2026年3月30日。
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インテグリカルチャー株式会社「インテグリカルチャー、独自の培養技術を用いて食品のみでつくった『食べられるアヒル肝臓由来細胞』の培養に成功」2023年2月21日。
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インテグリカルチャー株式会社「COMPANY」。
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インテグリカルチャー株式会社「インテグリカルチャー、2025年9月期にて単年度黒字を達成」2026年2月9日。
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インテグリカルチャー株式会社「勝手場(Ocatte Base)」。
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FOOD TECH JAPAN「『うまいのか?』細胞性食品『ひれ肉、アヒル、ウニ』など食べた研究者の率直な感想は? インテグリカルチャーが大規模官能評価会を開催」2025年3月20日。
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インテグリカルチャー株式会社「細胞性食品の生産規模をさらに拡大したニュース」。