【プロトコル】サケの卵から細胞を単離する方法
2026年、Roslin Technologies から、タイセイヨウサケの発眼卵を使って筋前駆細胞株を樹立した論文が報告されました。
今回は、この論文と関連特許の実施例をもとに、サケの発眼卵から細胞を取り出して培養するまでのプロトコルを紹介します。
準備するもの
発眼卵と洗浄用の試薬
- タイセイヨウサケの発眼卵
- 70% ethanol
- DPBS, no calcium, no magnesium
- Penicillin-Streptomycin
- Amphotericin B
DPBS に Penicillin-Streptomycin を 100 U/mL、Amphotericin B を 2.5 µg/mL 加えて使います(以下「抗生物質入り DPBS」)。
細胞の単離と培養に使う器具・試薬
- 発眼卵を破砕する器具(特許の実施例では stick blender=ハンドブレンダー)
- 200 µm メッシュ、100 µm メッシュ
- 50 mL 遠心チューブ
- 遠心機
- 接着細胞用の培養容器
- Vitronectin
- 20℃・5% CO₂ で培養できる設備
培養液(Salmon Embryo Derivation medium)に使う試薬
- DMEM/F-12
- FBS(ウシ胎児血清)
- Penicillin-Streptomycin
- MEM Non-Essential Amino Acids
- Sodium Pyruvate
- 2-Mercaptoethanol
- HEPES
- Human FGF-2/bFGF
培地組成は以下のとおりです。
| 成分 | 最終濃度 |
|---|---|
| DMEM/F-12 | 基礎培地 |
| FBS | 10% |
| Penicillin-Streptomycin | 100 U/mL |
| MEM Non-Essential Amino Acids | 1× |
| Sodium Pyruvate | 1 mM |
| 2-Mercaptoethanol | 27.5 µM |
| HEPES | 15 mM |
| Human FGF-2 | 20 µg/mL |
方法
- 発眼卵を、冷やした 70% ethanol で 1 回洗う。
- 冷やした抗生物質入り DPBS で 3 回洗う。最後の洗浄では卵を 5 分間浸しておく。
- 抗生物質入り DPBS を少量加え、発眼卵を物理的に破砕する。
- 破砕液を 200 µm メッシュ、続いて 100 µm メッシュに通す。
- 濾液を 50 mL 遠心チューブに集め、300 × g・4℃で 4 分間遠心する。
- 上清を除き、細胞ペレットを培養液 5 mL に再懸濁する。
- 手順 5〜6 を 2〜3 回繰り返し、余分な油分や血液を除く。
- 洗浄した細胞を、Vitronectin を 0.5 µg/cm² でコーティングした培養容器に播種する。
- 20℃・5% CO₂ で培養し、2 日ごとに培地を交換する。
特許の実施例では、2〜7 日で接着細胞が見え始め、14 日目ごろにコンフルエントになっています。論文ではその後、Accutase で細胞を剥がして 3 × 10³ cells/cm² で播種し直し、30 継代を超えて増殖できたと報告されています。
作業のポイント
コーティング剤
論文では、0.2% gelatin、0.5 µg/cm² laminin-511、0.5 µg/cm² vitronectin の 3 条件を比べています。
gelatin では一時的に接着したものの増殖が続かず、約 30 日までに培養を維持できなくなりました。laminin では初期の増殖は見られましたが、継代後の培養はうまくいかなかったようです。一方、vitronectin では 60 日を超える培養と 30 継代以上の増殖が確認されています。
著者らは、vitronectin が発生後期の中胚葉由来前駆細胞を選択的に支えている可能性を指摘しています。ただし、培養開始時にどの細胞が接着し、どの細胞が残ったかを直接追跡したわけではありません。「vitronectin が筋前駆細胞を選んだ」とまでは言えません。それでも、データとしては示されていないものの、著者らは vitronectin を必須と考えているように読めます。
培地組成
今回の培地組成を見て、ずいぶん栄養リッチだと感じました。特に FGF-2 が 20 µg/mL も入っています。ng/mL の読み間違いではなく、論文と特許のどちらもこの条件で培養を始めています。
この濃度がサケ筋前駆細胞株の樹立にどこまで必要なのかは、公開されている結果からは判断できませんでした。
プロトコルの改変ポイント
改変ポイントをまとめると、次のとおりです。
| 項目 | 論文・特許のプロトコル | 改変案 |
|---|---|---|
| 魚種 | タイセイヨウサケ | ニジマスなど、入手しやすい魚 |
| 目的 | 筋前駆細胞株の樹立 | まずは増える細胞を取る(筋前駆細胞の確認は別の試験にする) |
| 基礎培地 | DMEM/F-12 | Leibovitz’s L-15 |
| 血清 | FBS 10% | FBS 15〜20% で始め、安定後に 10% まで減らす |
| 添加物 | NEAA、ピルビン酸、2-ME、HEPES、FGF-2 | 抗生物質のみ |
| コーティング | Vitronectin 0.5 µg/cm² | なし |
| 培養環境 | 20℃・5% CO₂ | 20℃・CO₂ 不要 |
論文と同じ筋前駆細胞を樹立することにこだわらず、「まずはサケの卵から増える細胞が取れればよい」と考えるなら、私は培地とコーティング剤を簡略化します。
たとえば、アジアスズキ(バラマンディ、Lates calcarifer)の胞胚から樹立された細胞株は、Leibovitz’s L-15 培地に 15% FBS を加えた培地で 70 継代以上培養されています。初代培養の方法に、vitronectin などのコーティングは記載されていません。
ヒレナマズの一種(Heteropneustes fossilis)の胞胚から細胞株を樹立した例でも、培地は L-15 に 20% FBS と抗生物質を加えたものです。その後、FBS は 15%、さらに 10% まで減らされています。こちらも初代培養で特別なコーティングは記載されていません。
もうひとつは、魚種を変えることです。タイセイヨウサケの発眼卵は国内では手に入りにくいので、まずは入手しやすい魚の卵で手順を試すのも手です。同じサケ科のニジマスは国内で養殖が盛んで、発眼卵も流通しています。サケ科以外なら、メダカやゼブラフィッシュは自分で飼育して採卵できます。なお、卵の大きさや発生の進み方、適した培養温度は魚種ごとに違うので、破砕の強さや培養温度はその魚に合わせて調整が必要です。
ただし、培地やコーティング剤、魚種を変えれば、生き残って増えてくる細胞も変わる可能性があります。「細胞が接着・増殖するか」を見る試験と、「筋前駆細胞を得る」試験は目的も難易度も全く異なります。いきなり論文と同じことを再現するのは、ハードルが高いと思います。
この論文と特許を取り上げた理由
魚卵から細胞を単離した報告は以前からあります。その中で Roslin の方法を取り上げたのは、胚を一つずつ取り出したり酵素で解離したりせず、発眼卵を破砕して濾過するだけで播種まで進める、簡単な方法だからです。
たとえば 1980 年の Watanabe らによるシロザケの研究では、孵化 1〜3 日前の発眼卵を消毒し、卵膜と卵黄を除いて胚を細切したあと、0.25% trypsin と 0.02% EDTA を含むカルシウム・マグネシウム不含 PBS で処理しています。少し手間が増えるので、今回はより手軽に始められそうな Roslin の論文を選びました。
発眼卵を複数の群に分けられるなら、物理的に破砕する群と、胚を取り出して酵素処理する群の両方を試してみるとよいでしょう。
魚類細胞培養を始める利点
魚類細胞培養は、ちょっとやってみようかなと思った時に始めるハードルが低いのが魅力です。
まず、細胞の取りやすさです。細胞は若い個体から取るほど元気だというのが通説です。生まれる前の牛の胎仔を手に入れるのは難しいですが、魚なら発眼卵を入手できます。また、鶏卵(鶏胚)ではヒナの形がはっきり分かって少しグロテスクですが、魚卵は小さいので、鶏ほど気になりません。
次に、培養温度が 20〜28℃程度と低いことです。試す程度なら、エアコンの効いた室内で培養できます。さらに基礎培地を DMEM 系ではなく L-15 にすれば、CO₂ も不要になります。無菌操作の環境さえあれば、自宅でも始められてしまいそうです。
もうひとつの利点は、日本では魚類が動物実験の規制対象に含まれない点です。文部科学省の「研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針」では、対象となる動物を哺乳類・鳥類・爬虫類としています。これらを使う場合は申請書類や動物実験委員会の審査などが必要になりますが、魚類はそもそも対象外です。
ただし、魚類を使う研究について独自の届出や施設管理を定めている大学もあります。所属機関で行う場合は、その機関の規程を確認してください。
まとめ
魚の卵から細胞を取る作業は、調べてみると思った以上に簡単そうでした。
培養魚肉の研究を始めてみたいと思っている方は、可能性を秘めた魚卵からの細胞培養を試してみてはいかがでしょうか。
引用文献
- Naylor K, Webb S, Rajesh D, Mee PJ. Derivation and characterization of an embryonic-derived muscle progenitor cell line from Atlantic salmon (Salmo salar). In Vitro Cellular & Developmental Biology - Animal. 2026;62:1026–1040.
- Roslin Technologies Ltd. Salmonidae cell derivation and maintenance. WO2026104367A1(実施例 1・2).
- Watanabe T, Sano M, Ishida Y, Mizusawa Y, Michikawa M. Establishment and properties of the continuous cell line derived from the embryonated eggs of chum salmon, Oncorhynchus keta. Nippon Suisan Gakkaishi. 1980;46(10):1203–1209.
- Parameswaran V, Shukla R, Bhonde R, Sahul Hameed AS. Establishment of embryonic cell line from sea bass (Lates calcarifer) for virus isolation. Journal of Virological Methods. 2006;137:309–316.
- Barman AS, et al. Derivation and characterization of a ES-like cell line from Indian catfish Heteropneustes fossilis blastulas. The Scientific World Journal. 2014;2014:427497.