ペットフードから入る培養肉─BeneMeatの工場写真から研究員が感じた開発戦略
コラム

ペットフードから入る培養肉─BeneMeatの工場写真から研究員が感じた開発戦略

先日、チェコの培養肉企業 BeneMeat(Bene Meat Technologies)の記事を読んでいて、記事そのものよりも、背景に写っていた工場の様子を見てこう思いました。

ペットフードから入る開発戦略は、むしろ合理的かもしれない……。

BeneMeat の生産工場には大型のバイオリアクターが並んでおり、明らかに「生産のための場所」として整えられた空間でした。見たところ千リットル規模と思われるタンクが並んでいて、本格生産に向けた準備がかなり進んでいるという印象です。

BeneMeat の生産工場。ロゴの下に、配管が張り巡らされたステンレス製のバイオリアクター設備が並び、キャットウォークにスタッフが立っている。

BeneMeat の生産工場(出典:LinkedIn 投稿)

今回は、この写真から私が研究員として感じた、培養肉の研究開発戦略としての「ペットフードから始める」ルートについて書いていきます。

BeneMeatとはどんな会社か

BeneMeat は2020年に設立されたチェコ・プラハのバイオテック企業です。

同社の名前を一躍有名にしたのは、2023年に EU で培養細胞をペットフード向けの飼料原料として登録したことでした。培養肉をペットフード原料として製造・販売するための要件を満たした、世界で最初の企業とされています。

そして2026年には、イタリアのペットフードブランド FORZA10 が、BeneMeat の培養肉を26%配合した犬用ウェットフード「Coolty Meat」を Interzoo 2026 で発表しました。EU 域内で初めて商用化された、培養肉入りの総合栄養食とされています(Pet Food Processing)。

使われているのはハムスター由来の細胞です。アミノ酸組成が良く、アレルギーを起こしにくいことが選定理由として挙げられています。培養には牛胎児血清(FBS)を使わない培地を用いているとのことです(BeneMeat 公式サイト)。

当サイトでも以前、BeneMeat のハムスター細胞を使ったペットフードを猫に与えた給餌試験の論文を紹介しました。

重要なのは、BeneMeat がペットフードだけの会社ではないという点です。同社は自らの技術をペットフードと人用食品の両方に向けたものとして位置付けており、人用の培養肉についても開発を進めています。

ペットフードから始める戦略は「マイナスイメージ」だと思っていた

私は以前、ペットフードから入るという戦略にはあまり良い印象を持っていませんでした。

というのも、消費者の目線で考えると、「ペットフードを作っている会社が、人間用の培養肉も作っています」と言われたとき、多くの人はこう受け取るのではないかと思っていたからです。

ペット用の肉を食べさせられる、もしくは誤って混入したものを食べてしまうのでは?

「ペット用の肉を作っている」ことで、むしろ人用の培養肉にマイナスのイメージを持たれるのではないか。そう考えていました。

しかし、今回の工場の写真を見て、考えが変わりました。技術の目線で見ても事業の目線で見ても、良いルートなのではないか、と。

研究者の目線で見た「ペットフードから入る」合理性

①「扱いやすい」細胞でスタートダッシュできる

培養肉の開発で最初に立ちはだかるのは、細胞そのものです。

牛や豚、鶏など、これまで産業利用されてこなかった動物の細胞を使う場合、細胞の単離から始まり、増殖能の確保、不死化や長期培養への適応、無血清培地への馴化、浮遊培養への適応と、乗り越えるべき壁がいくつもあります。どれも時間とお金がかかる工程で、成功するとも限りません。

一方で、マウス、ラット、ハムスターといった齧歯類の細胞は、研究用・産業用の細胞株として長い歴史があります。

特にハムスターは象徴的です。チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)は、バイオ医薬品の生産で世界中に使われている細胞で、無血清培地での高密度な浮遊培養や、数千〜数万リットル規模のタンク培養のノウハウが積み上がっています。

BeneMeat の細胞が CHO 細胞そのものかどうかは分かりません。CHO 細胞であれば大幅なショートカットが可能だったでしょうし、仮に違っても、齧歯類の細胞は「無血清化」「浮遊化」「スケールアップ」という培養肉の三大課題に対して、先行する知見を活用しやすい立ち位置にあるのは確かだと思います。

開発期間は短く、開発コストも家畜由来の細胞と比べて大きく抑えられるはずです。

②早く「売れる形」にたどり着ける

すでに扱いやすい細胞を使い、無血清化と低コスト化を進め、スケールアップする。

そうすると、ある程度の生産可能性が見えてきます。生産の見通しが立てば、それを根拠に投資を集め、各所に承認申請を出すことができます。

人用の培養肉は、規制のハードルも消費者の受容性のハードルも高く、製品として売れるまでに長い時間がかかります。その間、企業は売上がほとんどない状態で研究開発と設備投資を続けなければなりません。

ペットフード原料であれば、まず飼料としての要件をクリアすれば販売の道が開けます。BeneMeat が2023年の登録から2026年の商用製品発表までこぎつけたのは、このルートの速さを示しているように見えます。

このロジックが通用するかは国によって違いますが、一定量を生産できるようになるまでの期間とコストを抑えられることには変わりありません。

③ノウハウ・スケールアップ技術・設備が「人用」に転用できる

私が最も合理的だと感じたのは、この点です。

ペットフードで培ったものは、

  • 無菌状態で大量の細胞を安定して培養する運転ノウハウ
  • 小スケールから大スケールへ移行するスケールアップ技術
  • 実際に稼働している生産設備と、それを回せる人材
  • 培地コストや歩留まりの実データ

と、どれも人用の培養肉にそのまま必要になるものです。

つまり、ペットフードで生産に関する知見とノウハウを蓄積しつつ、その裏で人用の動物種の細胞開発を進める。人用の細胞が育ってきたら、ペットフードで動かしてきた設備や運転ノウハウを転用する。そんなことが可能なわけです。

もちろん、人用の食品製造では求められる衛生基準や品質保証のレベルが変わるため、そのまま使えるとは限りません。追加の設備投資が必要になる場面もあるでしょう。

それでも、ゼロから工場を設計するのに比べれば、同じ設計をベースに微調整して第二、第三の施設をセットアップできるので、設計費用や期間、失敗のリスクを低く抑えることができます。

元の設備やノウハウが無駄にならず、次の段階にそのまま活かせる。この構造こそが、ペットフード先行戦略の一番の強みではないかと思います。

④「安全性の実績」になるという事実

これは少し言いにくいことですが、研究者として正直に書いておきます。

ペットフードとしての販売は、結果として培養肉の安全性試験の役割を一部果たしている、と見ることもできます。

培養肉が食品として承認されるには、その細胞を食べても問題がないことを、さまざまなデータで示す必要があります。ペットフードとして先んじて製品化できれば、

  • 犬や猫が実際に食べたときの嗜好性や消化性
  • 長期間食べ続けたときの健康状態
  • アレルギー反応や予期せぬ健康被害の有無
  • 製造ロットごとの品質や、異物・微生物の管理の実績

といった、「培養細胞を食べてきた実績」が少しずつ積み上がっていきます。

もちろん、ペットを実験台にしているという意味ではありません。ペットフードとして販売する以上、ペットの健康と安全が大前提であり、飼料としての基準を満たしたうえで販売されています。また、ペットでの実績がそのまま人での安全性を証明するわけではなく、人用の承認には別途、正式な安全性評価が必要です。

それでも、実際に作られ、食べられ、問題が起きていないという実績は、人用の培養肉を申請するときにも、消費者に説明するときにも、ひとつの材料になることは間違いないでしょう。

人から始める多くの企業との違い

世界的に見ると、多くの培養肉企業は最初から人を対象にして、牛や鶏、魚など難しい細胞の培養から取り組んでいます。

最終目標が人の食卓である以上、これは正攻法です。しかし、細胞株開発、無血清化、スケールアップ、規制対応、消費者受容をすべて同時に解かなければならず、どこか一つでもつまずけば、売上がないまま資金が尽きるリスクを抱えています。

それに対して、BeneMeat のような戦略を整理すると、次のようになります。

  1. 細胞株として扱いやすい齧歯類の細胞で、培地の低コスト化とスケールアップを進める
  2. ペット飼料としての承認を得て販売し、事業と生産実績をつくる
  3. 収益と実績をもとに投資を呼び込み、スケールアップを続ける
  4. その間に、人用の動物種の細胞を並行して開発する
  5. 人用の細胞が準備できたら、既存の設備とノウハウを展開してスケールアップを実証する

先にペットフード事業で道を舗装し、後から人用培養肉という車を走らせるような戦略です。華やかさでは人用の培養肉に劣りますが、開発としても事業としても、かなり合理的な判断だと研究者として感じました。

最初に心配していた消費者のマイナスイメージについても、見方を変えれば「すでに工場が動いて、製品を出荷している会社」という実績になります。ペットフードも「餌」ではなく、人と同じ「食事」と捉えられるようになってきました。実際にペット用の食事を作って売っているという事実は、人用の培養肉を語るうえでも説得力になるはずです。

日本でもこの戦略は通用するのでは?

国内ペットフード市場は「単価が上がり続ける」市場

ペットフード協会の調査によると、2024年度の国内ペットフード出荷金額は約4,594億円で、9年連続の増加となりました。一方で、出荷量は前年度比1.0%減の約56.8万トンです。

つまり、量は横ばいからやや減少しているのに、金額は伸び続けている。1kgあたりの単価が上がっているということです。

飼育頭数を見ても、2025年の推計で犬が約682万頭、猫が約885万頭。合わせて1,500万頭を超えるペットが国内で暮らしていますが、頭数そのものが大きく増えているわけではありません。

それでも市場が伸びているのは、ペットを家族の一員として扱い、「少し高くても、より良いものを食べさせたい」と考える飼い主が増えているためと思われます。いわゆるプレミアム化の流れです。

培養肉にとって、これは追い風となり得る市場環境だと思います。

人用の培養肉は、スーパーに並ぶ鶏肉や牛肉と価格で比べられてしまいます。一方、プレミアムなペットフードの世界では、「アレルギーが出にくい」「単一たんぱく」「抗生物質やホルモンを使っていない」といった付加価値に、すでにお金が払われています。

FORZA10 の Coolty Meat が、食物不耐性のある犬向けの単一たんぱく食として打ち出されているのが象徴的です。培養肉を「安い肉の代わり」ではなく、「特別な理由があって選ぶ原料」として売れるのが、ペットフード市場の強みです。

仮に国内ペットフード市場の1%を培養原料入りの製品が占めるだけでも、出荷金額ベースで40億円を超える規模になります。人用の培養肉が数十億円の売上を立てるまでの道のりを考えると、決して小さな数字ではありません。

海外ではすでに「売り始めている」

海外に目を向けると、培養ペットフードはすでに販売の段階に入っています。

  • イギリス:Meatly が2025年2月、培養鶏肉を配合した犬用おやつをロンドンのペット用品店で限定販売
  • シンガポール:Friends & Family Pet Food が、アジアで初めて培養肉入りペットフードの販売許可を取得し、販売を開始
  • EU:BeneMeat の培養肉を使った FORZA10 の Coolty Meat が2026年に発表

いずれもまだ販売数量は小さく、市場は「試験販売」の段階です。しかし裏を返せば、勝負はまだ始まったばかりで、後から参入しても十分に戦える余地が残っているということでもあります。

日本には、ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)による規制があります。培養細胞を原料としたペットフードがこの枠組みの中でどう扱われるのかは、行政との確認が必要な部分も残るでしょう。それでも、人用の培養肉で必要とされる議論の量と比べれば、社会実装までの距離は短いはずです。

ただし、人用で進めてきた企業の「方向転換」は難しい

一方で、正直に書いておかなければならないこともあります。

すでに人用の培養肉で開発を進めてきた企業が、今からペットフードに舵を切るのは、簡単ではないと思います。

理由はいくつかあります。

  • 投資家への説明がつきにくい:「人の食卓を変える」というビジョンで資金を集めてきた企業が、ペットフードに転換すれば「後退」「ピボット」と受け取られかねない
  • 細胞の強みが活きない:牛や鶏、魚の細胞で開発を進めてきた場合、齧歯類の細胞株が持つ「すでに扱いやすい」という利点を享受できない
  • ブランドの問題:冒頭で書いたように、人用を目指していた会社がペット用を出すと、「人用は諦めたのか」と見られるリスクがある

BeneMeat の戦略が合理的なのは、最初からペットフードを入口として設計していたからです。途中から乗り換えるのとは、意味がまったく違います。

これから培養肉に参入する方へ:培養ペットフード市場という活路

日本でこの戦略が一番活きるのは、これから新たに培養肉産業へ参入しようと考えている企業や研究者だと思います。

たとえば、

  • ペットフードメーカーや原料メーカーが、自社製品の差別化として培養原料に取り組む
  • バイオ医薬品の受託製造などで、CHO 細胞を含む動物細胞の大量培養ノウハウを持つ企業が、その技術を食品・飼料に展開する
  • 細胞培養の研究者が、齧歯類の細胞株を出発点に、スピード重視でスタートアップを立ち上げる

といった入り方です。

国内でも、培養液、足場材、培養装置といった要素技術は揃いつつあります。しかし、以前のコラムでも書いたように、「最終的に誰が培養肉を生産し、売るのか」という部分はまだ見えていません。

ペットフードから入るプレイヤーが日本に現れれば、そうした国内の要素技術を実際に使い、磨く場にもなります。要素技術を開発してきた企業にとっても、待ち望んでいた「顧客」になり得るはずです。

扱いやすい細胞で、早い段階で社会実装を目指す。まず生産実績と収益をつくり、そこから人用へと広げていく。

海外がまだ試験販売の段階にある今なら、日本でもこの戦略は十分に間に合うのではないでしょうか。これから培養肉に挑戦しようと考えている方には、ぜひ「培養ペットフードから入る」という選択肢も検討してみてほしいと思います。

一枚の工場の写真から、そんなことを考えた次第です。

引用文献

細胞培養食品ラボ メールマガジン

月1回程度、新着の関連記事とニュース情報等をお届けします。登録者特典として「国内培養肉業界リスト2026」を配布中です。いつでも配信停止可能です。